立花「俺を巻き込むな!」
翌日の放課後。
俺は部室の床に寝っ転がって天井を見上げていた。隣では福智が黙々と先輩の原稿を読んでいる。
時折グラウンドから聞こえてくる運動部の声や、通路を通る人の声を除けばひどく静かだ。
昨日、入部志望書を親に渡すと「あら、あなたが部活に入るなんて珍しいわね。雪でも降るんじゃない?」とか言いながら判子とサインをくれた。
今朝福智に入部志望書を渡していたから、放課後にここに来る理由は無かった。むしろ、即刻家に帰りたかった。
しかしいざ校外へ出ようという時になって、妙な罪悪感が湧き上がってきた。
「ちょっと……寄ってくか」
その罪悪感に引かれるように部室へ行き、今に至るわけだ。
とりあえずすることも無く、福智にお茶を出されて帰るにも微妙な雰囲気になってしまった。
「はあ」
「ため息なんかついてどうしたの?」
原稿を読み終えたのか、福智が声を掛けてきた。
寝っ転がった姿勢のまま福智を見上げて答える。
「別に意味なんてねーよ」
「本当に?」
「なーい」
よっと体を起こし、胡坐をかいて座る。テーブルの上の若干冷めたお茶を啜った。
「ねえ」
「何だ?」
コト、と俺が湯呑を置くのと同時に、再び福智が口を開いた。
「何でいつも購買でパン買ってるの?」
「何でそんなこと聞くんだよ」
「クラスじゃ有名だよ。『購買戦士』立花優輝、ってね」
「そんなあだ名まで付いてるのかよ」
全然気付いてなかった。まあ、あまりクラスの連中と話すことも無いから当然と言えば当然か。稲佐もそんなこと微塵も言わないしな……基本エロ方面ばっかだから。
「知らなかったんだ」
「ああ」
素直に頷くと、福智はふふっと笑った。
「で、どうしてなの?」
「それはな……」
と言いかけたところで、どこから話し始めたものか、少し思案した。あまり長々と語るようなものでも無いし、簡単にまとめることにした。
「俺って人混みが好きじゃないんだ。親は昼ご飯用にって言って金くれるけど、食堂ってよく混むじゃん? それが嫌で購買で買うんだよ」
「でも、購買だって人で混むじゃん」
「だからいつも、昼休み始まってすぐに行くんだよ」
「ふーん……それなら、食堂に一番に行けばいいんじゃないの?」
かつて俺が思ったことと同じことを福智は言った。
それを試みた結果を、俺は教えた。
「そう思って俺もやってみたさ。でもな、俺が食ってる間にどんどん人が増えてきて、結局人混みの中に埋もれてしまったんだ。それで嫌気が差したんだ」
「そう、なんだ……」
俺のこだわりように、福智は若干引いたようだった。
まあ、女子に引かれようが何されようが考えを変えるつもりは無いけどな。
話に満足したのか、福智は鞄からノートを出して何やら書き出した。
また何もすることが無くなった俺は、昔のことを思い出していた。
小学生のころから、俺は内気で大人しめな性格だった。中学に上がった時、その人の多さに驚いた。今となってはもう慣れたが、1学年9クラスもあるっていうのは、それまで3クラスしか経験してこなかった俺にとって慣れないものだった。
何かするにつけて多くの人間が動く。これはすごいと思った。
ただそうやって数多の人間が動く中に居ることに、わずかな居心地の悪さを感じていたのも確かだった。こればかりは、何か理屈で説明できるような事柄じゃない。ただ理由も無く、微妙な違和感を感じていた。
それ以来というもの、俺は人混みとか人と群れるということに対して軽い嫌悪感を抱くようになった。
さっきも福智に言ったが、俺はその性格を引きずって高校に入り、食堂の混雑を知って購買派になった。まあ、100パーセントこれのせいということは無いと思うけどな。
そんなことを考えていると。
「遅れてすみませーん、雑用で遅れました……」
ドアを開けて稲佐が入ってきた。
俺と福智を見るなり、すぐにその動きを止めた。
「?」
俺と福智は、顔を見合わせる。
「た……」
「た?」
「立花ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア‼」
「うわっ」
「きゃっ!」
稲佐の叫びが、部室はおろか部室棟全体に響き渡る。
至近距離でそれを聞かされた俺たちは、急いで耳を塞いだ。近所迷惑もいいところだぜ。
「抜け駆けは無しだって言っただろ!」
「またそれかよ! 何もしてねえって!」
「もう、うるさい!」
わーぎゃー騒ぎ始めた俺たちを黙らせようと、福智が割って入ってきた。
「福智までそんなことを言うなんて……立花に洗脳されたのか!」
「あのねえ……」
福智のこめかみがピクピクと動いている。俺、初めて見たぞ。こんなにこめかみがピクピクとしてるところ。
「妄言ぶちまけるのも大概にしなさいよ!」
「む、ということは稲佐よりオレが良いということか」
「何をどう勘違いしたらそうなるのよ」
「じゃあ、立花か」
「だから何でそうなるの!」
福智は立ち上がり、真正面から稲佐を迎え撃つ。さっきまでの静かさとは打って変わって、一気に騒がしくなった。
……もう、帰ろう。
言い合いを続ける二人をよそに、こっそりと腰を屈めて動く。
よし、後はドアを開けて出るだけ――
「立花くんもビシッと言ってやりなさい!」
「立花、白黒付けるぞ!」
「俺を巻き込むな!」
ああ、もう。
やっぱり入るんじゃなかった。
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