高崎「るりちゃんを巡ってのバトル⁉」

「なるほど、お二人ともるりちゃんのお友達なんですね」

「まあ、そうですね」

 数分後、とりあえず説明と自己紹介を終えて、やっと一息ついた。

「お茶、淹れますね」

 パッと茶葉の袋を開け、手際よく準備を始めたこの人は、高崎ゆみさん。なんとこの文藝部の部長で、俺たちの先輩だ。

 今、窓側に福智が座り、時計回りに稲佐、俺、高崎先輩の順にテーブルを囲んでいる。福智はあれからすぐに復活した。

「はい、どうぞ」

 先輩は自分自身と稲佐の前に湯呑を置いた。ついでに、俺と福智の湯呑にもお茶が注がれた……あの、溢れそうになってるんですけど?

「ふぅふぅ、ずず……」

 しっかりと冷ましてから先輩がお茶を啜る。さっきの福智もそうだが、先輩も猫舌らしい。まあ、熱々のお茶で火傷しない方が珍しいとは思うけどさ。

「……うん、OK」

 満足げに頷いて湯呑を置くと、先輩は再び口を開いた。

「で、お二人はこの文藝部に何か御用で……はっ、まさかるりちゃんを巡ってのバトル⁉」

「先輩‼」

「ぶっ!」

 うっとりと頬に手を当てた先輩の言葉に、啜っていたお茶を稲佐に向かって吹き出した。

「おい、何すんだよ!」

「げほ、げほ、げほ、すまん」

「あら、違うの?」

「違いますよ!」

 福智が否定すると、先輩と稲佐が心底残念そうな顔をした。……なぜ稲佐まで?

「じゃあ、お二人は何をしにここへ?」

「それは福智に……」

 連れてこられた、と言おうとしたところで福智が割って入った。


「新入部員です!」


その、言葉に。

「は?」

「へ?」

「まあ」

 三者三様の声を上げた。

 俺はもちろん、文藝部に入ると言った覚えはない。ただ福智に手を引かれるがままここに来ただけだ。

「いや、俺は――」

「それは嬉しいわ‼」

 即座に否定しようとした俺の手を、先輩が両手で握ってブンブンと上下に振る。素直に痛い。

「いやー勧誘とか頑張ったんだけど、るりちゃんしか入ってくれなくて困ってたのよ。このままじゃ廃部の危機だったし……何はともあれ、ようこそ文藝部へ! 歓迎するわ!」

「え、あ、いや、あの……」

 助けを求めて福智の方を見るが、目が合うや否や視線を逸らされた。コイツ、最初からこうするために俺を連れてきたのか。

 困った俺が稲佐の方へ目を向けると、既にヤツはその場に居なかった。

「2年1組、稲佐健吾。文藝部に入部させていただきます!」

「ええ、よろしく!」

 先輩のそばへ寄り、ガシッとその手を握っていた。どんな早業だよ。相変わらず女子が絡むとお前は動きが速いな。

 それはともかくとして、俺を置いてけぼりにして勝手に話が進んで行ってしまっている。俺は、部活になんて入るつもりは――

「じゃあ、この入部志望書に名前とか書いて持ってきて。あ、親御さんのサインと印鑑も忘れずにね」

 困惑する俺に構わず、先輩は俺と稲佐の手に「入部志望書」なる紙を握らせる。

「えっと、俺は入るとは……」

「あ、るりちゃん、これ原稿ね。読み終わったら感想聞かせて」

 そう言って先輩は福智に分厚い原稿用紙の束を渡す。……何ページあるんだ、アレ?

「すぐに読みますね。今日は何時までいらっしゃいますか?」

「この後ちょっと用事があるから……あっ」

 時計を見た先輩が小さく声を上げた。

「いけない、長居しすぎちゃった。ごめん、また明日ね。入部してくれた二人も、手厚い歓迎できなくてごめんなさいね。じゃあ、私はこれで」

「構いませんよ、先輩。オレはどこまでも先輩に付いて行きます! お風呂もベッドもごぉっ‼」

「お前は余計なこと言うな!」

 俺が稲佐にツッコミを入れてる間に、先輩はもう部室を出ていた。稲佐並に早いぞ……

 結局、俺は先輩に言えなかった……入るつもりは無いって。

 こうなったら、元凶に言うしかない。

「おい、福智」

「ん、何?」

 ほっとしたような表情を浮かべながら、福智は原稿用紙の束に目を通していた。俺をまんまと嵌めたことに満足したのか、余裕すら感じる。チクショウ。

 だが、まだ終わったわけじゃない。ここでハッキリと自分の意思を表明できればいい。

「俺は入るつもりは無いぞ?」

 よし、言えた。

 こうもハッキリ言えばさしもの福智だって……

「え、入ってくれないの?」

 そう言って俺を見上げた福智の目は――少し潤んでいた。

 クソ、これ反則だろ。そんなウルウルとした目で見つめられたら断りづらいだろ!

 いや、耐えるんだ立花。ここで負けたら福智の思うツボだ。

「俺にも俺の都合があってだな……」

「稲佐くんは入ってくれるんだよ?」

 う、稲佐を引き合いに出してくるか。

 だが、稲佐が入るからと言って俺まで入らなければならない道理は無いはずだ!

「それは稲佐の自由だろ」

「女子二人の中に稲佐くんが入るんだよ? 危ないと思わない?」

「……危ないです」

 よく考えたら、その状況は危ない。稲佐がどんな悪さをするかわかったもんじゃないからな。

「立花くんが入ってくれたら私たちも安心できるんだけどなぁ」

 うっ。

「先輩もあんなに喜んでたしなぁ」

 うっ。

「入ってくれるよね? 立花くん?」

 うっ。

「……入ります」

「うん、ありがとう。よろしくね」

 福智は満面の笑みを俺に向けた。

 くそぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼

 何故だ! 何で俺なんだよ! よりにもよって!

 帰宅部であることによって謳歌していた放課後が……

 いや待てよ。

 福智は「活動らしいことをしていない」と言っていたな。

 それはつまり、部員だからと言って参加しなければならない活動がほぼ無いということじゃないか。

 ははは、まだあったぞ。抜け穴は‼

「くっくっくっ……」

「?」

 俺のくぐもった笑い声に、福智が怪訝そうな顔をする。

 だがそれは些細な問題に過ぎない。福智は気付いていないのだから!

「稲佐、帰るぞ!」

「は? いや、俺は福智さんと濃密なティータイムを」

「帰って」

「ひどい!」

「ほら、帰るぞ」

 福智に拒否されて、絶望の底に沈んだ稲佐を引きずって部室を出る。

 俺は、俺の(のんびりだらける)放課後を守る!


 そう心に誓って帰った。

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