立花「お前はいつからエロ本の批評家になったんだ」

「ねえ、何してるの?」

 放課後の部室。俺と稲佐は本棚を漁っていた。その背後から福智が覗き込んできた。

「あー、いや、ちょっと面白い物がないかなと思ってな……」

「ちょっとエロ本探しててな」

 誤魔化そうかと思った俺の配慮を、稲佐はぶち壊した。背後の福智から感じる視線が一気に冷たくなった気がした。

「……さすがに無いと思うけど?」

「まあ、そうだな」

 そもそもそんなに大きな本棚じゃない。ハードカバー本を一列に並べるのが精一杯の奥行しかない。念のために取り出してみて確認はするが、奥には何もなかった。

「うーん、当てが外れたか……?」

 稲佐がぼやいた。一番上から順に辿り、ついに最下段に辿り着く。だがその前に小さめのダンボール箱が置かれていた。小さめとは言っても、小脇に抱えるにはちょっと無理がある微妙なサイズだ。薄汚れた見た目からは、あまり新しい物ではないことがわかる。

「よいっしょ……意外と重いな」

「本が入ってるのかな」

 本棚の前からテーブルの横へと箱をどかし、三人で囲む。稲佐がおもむろに箱を開けると同時に、埃っぽくて古びた紙の匂いが舞った。

「何だ?」

 覗き込んだ俺たちを、詰め込まれた大量の文庫本やらハードカバー本やらが出迎えた。表紙が色褪せているところからして、かなり古い本たちだろう。

「このダンボールの中ってこうなってたんだ」

「中身を見たことなかったのか?」

 福智は頷くと、箱の側面を指差した。

「見るからに古そうだったし、ここに『秘密』って書いてあるから」

「は?」

 見れば、確かに『秘密』の文字はあった。だが赤いうっすらとした線の集合体としてあるだけで、そうと意識しなければ見落としそうなほど消えかけている。

「秘密って言われるほど暴きたくなるよな」

 舌をなめずりながら、稲佐が中から本を数冊取り出してはタイトルをチェックする。何回か本を取り出したところで、はたとその手が止まった。

「何か下にあるぞ」

 ごそごそと稲佐が取り出してきたのは、海辺にいる水着の女性の写真が表紙になっているA4サイズの雑誌だった。

「これは、まさか……」

 少し震える手で、稲佐がページをめくっていく。ページを開くたびに、ビキニやスクール水着みたいな水着を着た女性の写真が目に入る。それぞれには小さく文章も添えられていた。

「これって、昔の写真集?」

「かもな」

 意外と福智が熱心に写真集を見ていた。こういうのに興味があったりするんだろうか。いや、昔の写真集なんてのがレアすぎるからかもしれない。普段目にすることなんてないからな。

「これだぁああああああああああ‼」

 突然、雄叫びと共に稲佐が立ち上がった。写真集を握る右手を高く掲げ天に突き上げる。

「これだぜ、『伝説のエロ本』は!」

「は?」

「だってよ、ダンボールの底に入れてあって、上には人畜無害そうな本を重ねてた。隠していた感じがしないか? 箱にも『秘密』って書いてあったし!」

「あー……」

 言われてみれば、そんな気がしなくもない。本を隠すなら本の中、エロ本の所有者だったという当時の部長の発想としては妥当だろう。それに何より、稲佐が満足するならそれで良い。

 ちらりと福智に目をやると、ちょうど視線が合った。福智が頷く。

「良かったな、稲佐。『伝説のエロ本』が見つかって」

「おめでとう。あ、持って帰りたかったら持って帰っても良いよ?」

 ダンボール箱の脇に積み上げた本の山を、二人で戻し始める。結構きっちり詰まっていたから、下手に戻そうとすると大変だ。

「おい立花、もっと感動しろよ! 『伝説のエロ本』だぞ」

「と言ってもな……」

 稲佐のために言わないが、あくまでも状況証拠から推測して『伝説のエロ本』である「可能性が非常に高い」と言ってるだけだ。それに、こう言うと失礼かもしれないが、「昔はこういう人が人気だったんだろうな」という感情しか湧いてこない。

「何だよ、今日はノリが悪いな……せっかくの『伝説のエロ本』だぜ?」

「エロ本がどうしたの?」

 背後からした声に振り返ると、いつの間にかドアのところに霧島が立っていた。

「霧島、いつの間に」

「稲佐君が叫んでたころから居たわ。ドアを開けたら急に叫ぶんだもの。寿命が縮まったわ」

「それは悪い……美少女には長く生きて欲しいからな」

 言葉に誠意というものが感じられない稲佐の右手、そこに握られた写真集を霧島が見た。

「で、それがエロ本なわけ?」

「おうよ!」

 自慢げに稲佐は霧島に突き出したが、「エロ本」を女子に突き出すか、普通?

「ふぅん……稲佐君はそれでエッチな妄想するのかしら?」

「うーん……」

 稲佐はまじまじと写真集の表紙を見て悩んでいた。そして、

「いや、エロ本としてはちょっと物足りないかな」

「お前はいつからエロ本の批評家になったんだ」

 再び本が詰められたダンボールの中へ、稲佐は写真集を入れた。俺は再びダンボールを閉じた。これでまたこの中の本たちは眠りに就くことだろう。

 もう一度本棚の前へとダンボール箱を戻そうとした俺の背後から、しゅるりという音がした。……しゅるり?

「じゃあ、私でエッチな妄想する?」

「ちょっ、霧島さん⁉」

 なぜかドキリとしてしまう霧島の声と、焦る福智の声が耳に入った。そして、俺の頭の上に何かがのった。試しに手で取ってみると、それは紺の幅広い布の帯だった。これは何だ?

「ちょっと、霧島さんストップ! 稲佐くんも見ない!」

 何を福智を慌てているんだろうと、どうやら何かしているらしい霧島を見れば――

「な⁉」

 見えた。見えてしまった。ちらっとだけど、淡いピンク色の布が。霧島が両手で制服の上の部分を持ち上げる中、今まで隠されていたものが見えかけている! あれは、ぶ、ブラジャーだ! ダンボール箱を持ち上げようとしゃがんでいた俺からは、結構見えてしまっている。それが覆い隠すものまでは見えないが、お腹から胸に至る綺麗な肌も一緒になって俺の視界に飛び込んできている。

「ちょっと!」

「痛っ」

 霧島に駆け寄ろうとする福智の足が、俺の手に当たった。しかし福智は委細構わず霧島に抱き付き、強引に自分の体で隠した。

「ちょっと、霧島さん! 何やってるの!」

「面白いことになるかなって」

「ダメだよ‼」

 制服を脱ごうとする霧島と、逆に着せようとする福智。女子二人が揉み合っている様は、何と言うか……

「良い」

 気付けば稲佐が鼻血を垂らしながらじっと注視している。コイツと意見が合ってしまったのは何か癪だ。

「んがががが」

「ほら、鼻血拭けよ」

 テーブルの上のティッシュから無造作に何枚か取り、稲佐の鼻の下をゴシゴシ擦る。おうおう、鼻の下が伸びていやがる。

「こんにちは~」

 ガチャリ、とドアが開いて、高崎先輩が入ってきた。そして俺たちを眺めて言い放った。

「あら、痴話喧嘩の最中だった?」

「違います‼」

 福智の叫びが部室に響いた。

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