稲佐「『伝説のエロ本』って知ってるか?」

「なあ、『伝説のエロ本』って知ってるか?」

 またある日の一昼。稲佐がホットドッグを頬張りながらそんなことを聞いてきた。

「いや、知らない」

 俺は焼きそばパンを食べながら適当に答える。この話の入り方からして、またロクでもない話が始まるだけだ。

「新聞部の知り合いの話なんだがな、この学校には伝説のエロ本があるらしいんだ」

「そんな噂、聞いたことが無いが」

 俺自身が会話する時はもちろん、クラスの中の会話でも耳にした覚えは無い。まあ、堂々とエロ本の話をすることはないから聞こえなかっただけかもしれないが。

「それがな、最近の話じゃないらしい」

「ん? どういうことだ?」

「何でも、創立60周年記念企画で学校にまつわる話を集めた時に、OBから伝えられた話らしくてな。校内新聞に載せるにはどうかっていうことになって採用はされなかったらしいんだけど、一時期話題になったことがあるらしい」

「OBから聞いた話か……いつの世代だ?」

「30年前の卒業生らしいぞ」

「30年前って……」

 60年とか100年前よりはマシだが、30年前でも十分古い。仮に「伝説のエロ本」とやらが存在していたとしても、残っているかどうかは五分五分だろう。それに、

「お前、その『伝説のエロ本』を見つけたところで、今とは価値観が異なる時代の代物だぞ?」

 十年一昔と言うし、30年もあればいろいろ変わる。エロ本だって何かしらの変化はしているだろう。今のエロ本と――と言っても稲佐が思い浮かべている「エロ本」がどういったものかはわからないが――同じノリで見れる物かわからない。

 だが稲佐はそんなことはどうでも良いようだった。

「別に見つけたエロ本でシコろうとかは考えてないぜ。それよりも、気にならないか? 『伝説のエロ本』なんだぜ。どんな感じなのか気になるだろ? お宝みたいでもあるし」

 そう語る稲佐は、まるで遠足ではしゃぐ小学生みたいだった。その純真無垢な感じは、否定することをためらわせる。普段とはまったく異なり、たまに現れるこの無邪気さに毒気を抜かれてしまう。

(こんなことだから、いつも巻き込まれるんだろうがな)

 思わず苦笑いしてしまう。福智に言われたことだが、確かに俺は「お人好し」なのかもしれない。あるいは断り切れないダメな日本人の典型なのか。

「それで? それはどこにあるのかとか、どんな本なのかとか、ある程度の検討はついているのか?」

「よくぞ聞いてくれた!」

 心底楽しそうに稲佐は話を続けた。

「情報は多くないんだけどよ……そもそも『伝説のエロ本』なんて言われ出したのは荷物検査で摘発されたことがきっかけだ」

「……荷物検査?」

 その言葉に、俺は引っかかりを覚えた。中学生の時には荷物検査、つまり校則違反の物品あるいは学校にふさわしくない物を持ってきていないかチェックする検査が定期的にあったが、この学校にはない。

 俺が首を傾げていると、稲佐が種明かしをした。

「今となっては行われていない荷物検査だけど、ほんの10年前まではあったらしいんだ」

「初耳だな」

「だろ? 廃止されてからは特に伝承されることもなく、今は一部の先生と生徒しか知らないんだとさ。それで、30年以上前の荷物検査でエロ本が見つかった」

「それが『伝説のエロ本』か」

「その通り。だが、『伝説』と呼ばれるにはもう少し理由がある」

 楽し気に喋る稲佐は、名探偵を演じているようでもあった。事件のトリックを鮮やかに解き明かす名探偵。ただ、どうにも事件がしょぼいのと、大したトリックでも謎でもなさそうなことが致命的に異なる点だが。

「学び舎には不適切っていうことで没収されたらしいんだが、先生たちがそのエロ本の魅力に憑りつかれてしまった」

「……は?」

「こっそりと先生たちの間で争奪戦が起きて、それが生徒に露見。『没収しといて何だそれは』って生徒たちが反発して返還を要求したんだと」

「……は??」

「すったもんだあった挙句、本来の持ち主に返却されることで戦争は終結。それ以来『伝説のエロ本』と呼ばれるようになった――ってわけだ」

「……は???」

 荒唐無稽なおとぎ話もあったもんだ。『伝説』と呼ぶには相応しいかもしれないが、実話とは思えないな。とは言っても、そのことを指摘したところで稲佐の興味が失せるとも思えない。

「とりあえず経緯はわかったが、本来の持ち主に返却されたなら、探しようがなくないか? 本人の家にあるか、あるいは既に捨てられてるだろ」

「もちろん、俺もそう思ってがっかりしたさ。でもな、ここで一つ面白い情報がある」

「……何だよ」

 ひどくにやけた稲佐の顔を見て、俺はその先を催促したくはなかった。だが、黙っていたところで良いことがあるわけでもないことは既に知っている。だから渋々聞いた俺に対し、稲佐は得意げに答えた。

「その本来の持ち主は、当時の文藝部部長だったらしいんだ」

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