福智「アレは変態ですよ!」
「それで、何の話をしていたの?」
霧島の隣に腰を落ち着けるや否や、先輩が聞いてきた。
俺はどう説明したものかと一瞬考えあぐねて、福智に視線を向けた。だがその間に稲佐が口を開いていた。
「美少女が居て眼福だな、っていう話をしていたんです」
「あら……これは恋のバトルの予感?」
「先輩、変なこと言わないでください」
先輩はやや興奮気味に福智と霧島を見た。福智はむべもなく否定したが、霧島は「われ関せず」といった感じで本から目を離していないし表情も変えていない。そう言えばさっきも会話に入ってこなかったな。
「あら、それは残念ね」
「先輩はわたし達に何を期待しているんですか……」
「うーん、修羅場?」
にっこりとしながら怖いことを言う人だ。
「ほら、いつか役に立つかもしれないし」
「何のですか……」
「執筆の」
「そのために修羅場を求めないでくださいよ!」
福智の言葉に、しかし先輩はキョトンとしていた。
「だって、やっぱり実際に経験したものの方が書きやすいし、イメージするにしても知識があった方が良いでしょう?」
「あの、そこは想像力でどうにかしてください」
「実の娘が牛車と共に焼かれる様を見て、名画を完成させた話を知らない?」
「先輩、本当にやめてくださいね⁉」
福智が必死な様子で先輩の肩をゆする。本当に怖い人だ、先輩は。軽々しく犯罪に手を出したり巻き込まれたりしなければ良いが。
「るりちゃんにそこまで言われたらしょうがないわね……期待したのに」
「そこは期待しないでくださいよ……」
ぐったりとして福智はテーブルに伏せた。俺たちが入る前もこんな感じだったのだろうか。そうだとするとかなり大変だったかもしれないな。これからは俺もフォローに回ろう。
なんて思っていたら、
「大丈夫ですよ、先輩。先輩も美少女ですから」
「おい、何のフォローだそれは」
「まあ……あたしも美少女だって、るりちゃん」
「あの、わたしを叩かないでください」
稲佐が何に対するフォローかよくわからないフォローをするし、先輩はまた赤くなって福智をぺしぺしと叩くし。かと思えば急に先輩は目を伏せてあからさまにしょんぼりとした。
「でも、あたし身長低いしぽっちゃりだし……るりちゃんとか美鈴ちゃんみたいな美少女じゃないわ」
「何を言ってるんですか。先輩は紛うことなき美少女ですよ!」
稲佐はテーブルに身を乗り出し、先輩の手を両手でしっかりと握った。
「おっとりとして暖かな感じ、母性を感じさせる体つき、やや縦長ながら丸みを帯びた顔に二重の大きな目、どこを取っても美少女です!」
「……ねえ、軽く恐怖感じるのはわたしだけ?」
「安心しろ。正常な反応だ」
「何一つとして安心できないと思うんだけど……」
俺と福智がひそひそと言葉を交わす一方で、高崎先輩は目を輝かせて答えた。
「ありがとう、稲佐くん……結婚、しましょう」
「喜んで!」
「「ちょっと待てぇええええええええええええええ‼」」
俺と福智は咄嗟に立ち上がり、二人を引き離す。俺は稲佐を羽交い絞めにし、福智は高崎先輩の体を再度ゆする。
「そこまでだ、稲佐。良い夢見ただろ? 良い子はおねんねする時間だ」
「何だよ立花、嫉妬は見苦しいぞ!」
「嫉妬じゃねーよ!」
「先輩、しっかりしてください! アレは変態ですよ! 騙されちゃダメです‼」
「あらあら、るりちゃん妬いてるの~?」
「妬いてませんから! 目を覚まして!」
二人――というより主に高崎先輩――を落ち着けるのに、だいぶ時間がかかった。落ち着きを取り戻した高崎先輩は、目を伏せながら手をもじもじとさせた。
「あたし、美少女なんて言われたの初めてで……」
「先輩、今まで良く無事でいられましたね。びっくりですよ」
一方の稲佐は胡坐をかいて腕を組み、一人唸っている。
「うーむ、立花は先輩を攻略するつもりか……」
「お前はもう少しまともな思考できないのか?」
なんて言っていたら、テーブルに物を置く音がした。見れば霧島がさっきまで読んでいた本を閉じて置いた直後で、稲佐に視線を向けていた。
「ねえ、稲佐君」
ただその一言に、背筋を正される感じがした。俺が呼ばれたわけでもないのに。その後に続く言葉に、ひどく用心してしまった。
しかしその用心が無に帰る言葉が飛び出した。
「私たちの美少女ポイントって何?」
「お前、ちゃっかりさっきの話聞いてたのかよ‼」
思わず叫んでしまった。だが霧島は意に介さずに言葉を続ける。
「それはもちろん。あれだけ近くで騒がれたら嫌でも耳に入るわよ」
「……ごもっともで」
「で、どうなの?」
「そうだな、まず霧島さんは――」
稲佐の視線が、霧島をスキャンするように動いた。
「背が高めで細身、かと言って痩せすぎということでもない。モデルみたいと言うのが一番なその体形。切れ長の目とシャープな顔が長い髪と相まって大人びた感じがするところ、かな」
次に、稲佐は福智に視線を移した。
「で、福智さんは――」
「え、ちょっ、わたしも?」
福智は慌てて両腕で体を隠す。制服で既に隠れてる気はするが、心理的なことだろう。
「おそらく平均的と思われるが女性らしさを感じるほど良い肉付きの体、つまり若さが最大限生きているプロポーション、先輩と似てるがより丸みの強い顔と目、総体として溢れ出る可愛さ、かな」
「……ねえ、これって喜ぶべき? 怒るべき?」
「俺に聞くなよ……」
なぜか俺に向かって福智が聞く一方で、霧島はさらに稲佐に質問を重ねた。
「じゃあ、稲佐君は誰が好みなの?」
「オンリーワンの美少女たちから一人選べ、だと……?」
テーブルの上で頭を抱える稲佐。だいぶ大袈裟なジェスチャーだ。霧島は淡々と補足した。
「別に、付き合えって言ってるわけじゃないわよ。それでどうにかなるってこともないし」
「そ、そうか? それなら……」
顔を上げ、顎に手を当てて稲佐が唸る。高崎先輩はニコニコしていて、霧島は感情が見えない。福智はひどく警戒した目で稲佐を見ている。
「霧島さん、かな」
「……そう。ありがとう」
霧島はどこか安堵したように呟いた。そしてテーブルから本を取り上げると、再びページを開いて読み始めた。さっきと同じ状態に戻ってしまった。
その隣で、急に高崎先輩が泣きだした。
「稲佐くん、さっきのはウソだったの……?」
「先輩⁉」
見るからにウソ泣きだから実際には特にダメージを受けてないはずだが、稲佐は真剣に焦っていた。
「ちょっと稲佐くん、先輩を泣かすってどういう了見?」
「な、違っ……俺は好きですよ!」
「『好き』が軽い!」
「あー、お前らなあ……」
二人が騒ぐのをどうしたものかと思案している時、気が付いた。
本に視線を落とし続ける霧島の口元が、わずかにゆるんでいた。
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