高崎「あら、ごめんなさい。お取込み中だった?」

 部室、さらに言えば部室棟は今日も静かだった。

 放課後の掃除当番に当たっていた俺と稲佐が部室に来た時には、既に福智と霧島が座っていた。先輩はどうやら補習中らしく、まだ来てなかった。

 ドア側から、稲佐、俺、霧島、福智の順にテーブルを囲む。いつも通り福智がお茶を淹れて俺と稲佐の前に差し出した。

「はい、どうぞ」

「ああ、ありがとう」

 閉じてテーブルに置いていた本を取り上げようとした福智の手が、不意に止まった。

「どうしたの、稲佐くん? そんなにニコニコして」

 確かに、稲佐はニコニコ……いや、ニヤニヤしていた。俺にはその理由が既にわかっているが、福智にはおそらくわからないだろう。まあ、どうせ本人が明かすからいいけどな。

「先輩が不在とは言え、美少女二人を視界に収められるとはまさしく眼福だな、と思ってな」

「………」

「おーい、稲佐くーん。福智が引いてるぞー」

「そんなバカな⁉ 今ので好感度が跳ね上がるはずだったのに!」

 稲佐が真剣に頭を抱え始めたが、俺からしてみれば――というか稲佐以外の人間からすれば――どういう思考をしているんだと言いたい。

 体を稲佐から遠ざけて物理的にも引いていた福智が、観念したように元の位置に戻った。

「ねえ、稲佐くんってさ……いつもそんな感じだよね?」

「いつでもトーク力の変わらない稲佐健吾。それが俺のモットーだからな」

 ケロッとして稲佐が言うが、そんなの初耳だ。

「何度も言った気はするが、セクハラとトーク力は違うぞ?」

「これだから最近の若い奴は。口を開けばすぐにセクハラだの何だのって……」

「お前は口を開けばすぐにセクハラだろうが!」

「……ぷっ」

 げんなりとしていた福智が、突然笑い出した。俺と顔を見合わせた稲佐が、お茶を慎重に啜った。

「……普通のお茶、だな」

「あはは、はは、え?」

「少なくとも酒の線はなしか」

「酔っ払いじゃないよ⁉」

 福智はわざとっぽく怒って見せながら、笑いすぎて目元に浮かんだ涙を指で拭った。

「何か漫才でも見てるみたいで……二人とも昔から仲が良いの?」

「いや、稲佐とはまだ会ってから1年だな」

「え?」

 驚く福智の隣で、稲佐はうんうんと頷いた。

「オレと立花は1年の時に初めて知り合ってな……ただ、すぐに見抜いたぜ。コイツは中々にノリの良い奴だってな」

「俺はお前と関わる気ゼロだったけどな」

「ひどくない⁉」

「だってよ……」

 入学した当初のことを思い出す。自己紹介の時に、稲佐が何と言ったか。

『稲佐健吾です。皆、オレと友達になってくれ。特に女子! 彼女募集中だから!』

 これで総スカンを食わなかったあたり、うちのクラスは寛容だったのかもしれない。その後稲佐は分け隔てなく同級生に話しかけ続けたが、当然俺もその対象だったわけで。

 最初の一言を聞いた時、仲良くなったり絡むことは特にないだろうと思っていた。だが不思議なものだ。何回も話しかけられる内に自然と話したりつるむようになっていた。お陰様で稲佐とセットに思われるようになってしまったのは困っているがな。

 ということを思い浮かぶままに(ただし最後は端折って)福智に話した。

「そう、なんだ……じゃあ、稲佐くんは昔から今と変わらない感じなの?」

「まあ、そうだな……」

 今度は稲佐が昔を思い出すように遠い目をした。

「何か、とにかく楽しくしたいし皆も楽しくなって欲しいってのは思っててさ。だって、楽しいのが一番じゃん?」

 無邪気な少年みたいな稲佐の笑顔に、俺と福智は頷かざるを得なかった。

「すごいね。わたしには無理だよ。人並みに社交性はあるつもりだけど……」

「安心しろ。コイツの行き着いた先はセクハラだから、真似しない方が良い」

「オイ!」

 素直に感嘆していた福智に一応注意したら、稲佐からヘッドロックを食らってしまった。

「せっかく良い話になりそうだったのによ!」

「お前に良い話とか似合わな――」

「何だとッ⁉」

「ギブ、ギブ!」

「ちょっ、ちょっと!」

「こんにちは~」

 稲佐が俺を絞める腕の力を上げ、福智が慌てて腰を浮かせたちょうどその時、先輩が部室にやって来た。そして室内の状況を見るなり、頬を赤く染めてうっとりと呟いた。

「あら、ごめんなさい。お取込み中だった?」

「「違います!」」

 俺と福智のハモった叫びが、部室に響いた。

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