稲佐「美少女を愛でに行こうぜ?」
稲佐「もはや奇跡の領域だぞ」
「なあ、『JKブランド』って知ってるか?」
昼休み。唐突に稲佐がそんなことを聞いてきた。
「唐突にどうしたんだよ。しかもこんなところでする話か?」
俺たちが居るのは教室だ。辺りを見回せば普通に女子も座ってご飯を食べたり談笑している。そんなところでJKがあーだのこーだのみたいな話をしたいか?
「ふむ。『JKブランド』の意味がわかるとは、さすがむっつりスケベだな」
「むっつりスケベじゃねーよ」
昨日たまたま見たニュース番組で、『JKブランド』のことが取り上げられていた。ほぼ間違いなく、稲佐がこの話題を持ってきたのはその番組を見たからだ。
「まあ、お前がむっつりスケベかどうかについての議論はさておくとしよう。本題じゃないからな。確定事項だけど」
「おいコラ。確定事項にするな」
「何だよ。じゃあ女に興味がまったくないのか?」
「そうじゃねーけどさ……」
何だろう、このもやもやした感じ。むっつりスケベなんて言われるのは釈然としないが、かと言って代替案もない。
「お前、全然性欲とか表に出さないだろ?」
「お前みたいに1から10まで出している方がおかしいだろうが」
「裏で何を考えているかわからないよりはいいだろ? ほら、陰で写真を見て『可愛い、ブヒヒww』とか言うよりかは断然いいじゃないか」
「あのなあ――」
そういうことじゃない、そう言おうとしてやめた。コイツはコイツでちゃんと
俺は一つため息をついた。
「わかったから、本題に戻ろうぜ」
「あ、そうだった」
「話を吹っかけてきた本人が忘れるなよ」
「はは、すまん。それでだな、どうして『JKブランド』なるものが成立するのか俺なりに考えてみたんだ」
「あ、そう」
どうせロクな考察じゃないだろうと高をくくって、メンチカツサンドを頬張る。ソースが染み込んだカツが旨い。味がほとんどないパンと野菜もカツと調和している。
「高校生活は基本的に3年間。その短い期間でしかなることのできない『JK』に価値を見出している。じゃあなんで価値を見出すのか、だ」
俺の予想に反して、稲佐は真剣に考察を語った。
「成人年齢は20歳だよな?」
「あ、ああ。そうだな」
「成人っていうのは心身ともに大人になることだと俺は考えたんだ。徐々に成長していって、大人になったら劣化していくとするなら、大人になる直前が一番若くて、輝いている時期、ということにならないか?」
「……そう、なるのかな?」
「だとすればだよ、その時期はちょうど『JK』になるわけだ」
「なるほど、一番若くて輝ける『JK』だから価値が生じるってわけか?」
「そう、その通りだ」
稲佐は少し大げさに頷いた。
メンチカツを食べ終えた俺は、驚いていた。まさか稲佐がこんな真面目に物事を考えることがあるとは思わなかったからだ。今までを振り返っても、稲佐がまともなことを言った記憶がない。
静かに驚嘆する俺の前で、稲佐は自信満々に言い放った。
「ということでだ。俺たちは『DK』であることを有効活用すべきだと思うんだ」
「……ん?」
話の流れが変わったことを敏感に感じ取った。いや、これは変わったのではないかもしれない。もともと――
「唯一『JK』と自然に過ごせるのは『DK』だけだ。俺たちはその身分を得てから早1年が経ち、2年目に突入した。だが有効活用できているかと言えば、否! これは非常にもったいないだろ? 人生の春、楽しまないわけにはいかない!」
「……すまん、一つ確認していいか? 『DK』って何だ?」
「男子高校生の略だぜ?」
「まあ、そうだよな?」
もう一つ、確認できたことがある。やっぱり、いつも通りの稲佐だ。珍しくまともに喋っていると思ったが、騙されただけだ。さっきの感動を返せ!
「そういうわけで、放課後、美少女を愛でに行こうぜ?」
「だいぶ長い前置きだったな。要は下心丸出しで部室に行くための『正当な理由付け』がしたかっただけじゃねーか」
「いや、だってさ、考えてもみろよ。そう多くはない美少女が、あの部活には3人も揃ってるんだぜ? これはもはや奇跡の領域だぞ」
多少興奮気味に、稲佐は飲み干したペットボトルをくるくると振り回す。何か、前もこんなこと言ってたな。
「俺が行く行かないに関わらず、お前は行くんだろ」
「無論よ」
何の意味があってか、稲佐は胸を張った。
「……わかったよ」
「よーし、決まりな!」
爽やかな稲佐の笑顔を見ながら、メンチカツサンドの最後の一欠片を口に放り込む。
こうして今日もまた俺は部室へと赴くことになった。
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