霧島美鈴の所感
「ただいま」
おかえり、という言葉は帰ってこない。誰も居ない家の中、虚空へと言葉が吸い込まれていく。
共働きの両親は夜遅くまで帰ってこないし私は一人っ子だから、この時間帯で私を出迎えてくれる人は誰も居ない。家の電気を所々つけながら、自分の部屋に入る。
「ふう……」
バックを床に放り投げて、制服のままベッドにダイブする。大したことは何もしてないけど、やっぱり自分のベッドは身も心も安らぐ。このまま眠ってしまいそうだ。
ごろりと寝返りをうって、仰向けになる。ぼんやりと、今日のことが思い浮かんだ。
最初は、文藝部に入るつもりはなかった。
放課後の教室に残っていたのは、ただ何となくだった。何となくそのまま帰るのが惜しくなって、窓枠に軽く腰を預けて外を眺めていた。どれくらいそうしていたかは覚えていない。ふと、私に向けられた視線に気づいた。そう、その視線の主こそが立花君だ。
立花優輝。クラスメイトではあるものの、会話をしたことは無かった。私自身が周りの人間と積極的に関わるタイプでは無いことがもちろん原因ではあるけど、彼自身もまた他人と積極的な交友関係を持とうとしていないらしい。
(似ている、のかな?)
そう考えて、私は頭を左右にゆっくりと揺らした。彼と私では交友関係の消極さが違う。自発的なコミュニケーションは必要最小限で、完全な受動型に近い私に対して、彼はある程度自発的に周りと関わっていっている。そんなに人数が多いわけではないけど、そこそこ友好な関係を築いてはいるみたいだ。
(そう言えば……)
彼の周りの人間を思い浮かべていると、一人の男子のことを思い出した。
稲佐健吾。彼もまた同じクラスとは言えど会話をしたことは無い……いや、厳密に言えば、言葉を交わしたという程度のことはあった。2年生に上がった時、初めて会う子に誰彼構わず話しかける彼に自己紹介をされ、ただ一言「よろしく」と言った覚えがある。
クラスの中で軽い扱いを受けている彼だけど、私は彼のことを尊敬して――あるいは興味深く思って――いる。いつも明るく騒々しく振る舞うには、かなりのエネルギーが要るはずだから。たとえ彼の爪の垢を煎じて飲んだところで、私には真似できない。
そんな私と真逆の彼は、意外なことに部活動はしていなかった。それなのに唐突に彼が文藝部に入った。これは何かあるに違いないし、何か面白いことがありそうだと感じた。本当にただそれだけの理由で、入るつもりのなかった文藝部に入った。
(あの時の驚かれ方は凄かったわね……)
部室に足を踏み入れて、立花君に紹介された時の三人の顔。VTRのように頭の中で再生してみると、何だか笑えてしまった。福智さんはポカンと口を開けているし、高崎先輩は口元を覆いながらもともと大きな目をさらに見開いていたし、稲佐君は何か品定めでもするような視線を私に向けていた。
私のぼんやりとした思考は、女子二人に向いた。
福智瑠璃子。クラスの学級委員であり、何度か話をしたことはある。クラスメイトの中では割と話す回数の多い子だ。なぜかは知らないけど、彼女は私を文藝部に勧誘してきたことがある。他にも仲良くしている子はいるだろうに。その時は特に気が乗らずに断ってしまったけど、こんなことなら入部していても良かったかもしれない。まあ、今となってはどうでも良いことかしら。
高崎ゆみ。文藝部の部長ということしかまだ知らない。ただ、少しズレている人かもしれない。おっとり天然系、みたいな感じ。それに加えて母性みたいなものも感じるから、本当に同じ高校生か疑ってしまいたくなる。……これはちょっと失礼かな。
思い浮かべた四人の中に、私を放り込んでみる。上手くやっていけるだろうか……いや、それよりも。
(面白くはなりそう、かな)
ベッドからのそりと起き上がると、ちょうど机の上の写真が目に入った。木製のよくある写真立てに収まっているその写真に写っているのは、幼いころの私と、一人の男の子。
立ち上がって机まで歩き、写真を手に取った。こちらに顔面一杯の笑みを向ける男の子を、そっと指で撫でる。
「……また、一緒に」
今の彼の姿を重ねて、呟く。願いを胸に抱いて、私は写真を元に戻した。
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