霧島「私の守りも緩くないわよ」
先輩が塾に行く、ということで自然と俺たちも解散の流れになった。
すでに日は傾き、どこかでカラスが鳴いている。
先輩は駅前の塾、稲佐と霧島はバスということで、結果として徒歩の俺と福智は一緒に帰る形になった。
稲佐が霧島と一緒に帰ることを福智は心配していたが、
「軽い男に脅かされるほど、私の守りも緩くないわよ」
という霧島の一言によって稲佐の心が砕けたことで解消された。
稲佐、少しは日々の言動を改めないとお前に未来はねーぞ、というのは心の中で言って、俺たちはそれぞれ帰路についた。
「………」
「………」
ちょっと距離を開けて横並びに帰りながら、俺と福智は黙っていた。
何か話すべきかと思案するものの、女子と2人っきりで話した経験なんてないし、たとえ話しかけたとしてもチープな話題にしかならなさそうで、1人テンパっていた。
チラリ、と福智を見ると、心なしか楽しそうな顔をしていた。
「何か楽しそうだな」
「え?」
気付いた時にはそう問いかけていた。そして気付いた瞬間に、後悔した。脳内の思考を介することなく発せられた言葉。それはもはや反射に近いものだった。
そんな考え無しに放たれた言葉に続く言葉が出てこなかった。
「いや、何か嬉しそうだな、って」
若干しどろもどろになりながら、さっきの言葉を繰り返す。
福智は手を顎に当ててうーんと唸った。
「また一人、部員が増えたから、かな?」
「そっか」
「うん」
続かない。
いや、必ずしも続ける必要は無いが、どこからともなく湧いてくる「何とかしなきゃいけないんじゃないか」という気持ちが俺を苛む。
そんな俺の様子を察してか否か、今度は福智が口を開いた。
「立花くんが入部するところまでは想定通りだったんだけど、霧島さんが入ってくれるとは思ってなかったから……人が多ければそれだけ楽しいだろうし、部活も存続できるだろうから」
そう言う福智の表情は、夕陽のせいではない輝きがあった。思わず見惚れてしまいながら、しかし俺はただ一つのことを言わざるを得なかった。
「俺が入部したのが想定通りって、やっぱり企んでたのかよ」
強引なまでの入部。福智に図られたと思っていたが、やっぱりだったか。
俺がジトッと見ると、福智は口笛を吹きながら目線を泳がせた。ベタな反応をする割には口笛が下手くそだなあ。
俺の視線に耐えかねたか、福智は観念したように答えた。
「私さ、実は親しい友達って居ないの。だから勧誘もできなかったし勧誘をする勇気も無かった。でも君が……」
言葉を切って、福智はちらりと俺を見た。俺は言葉の続きを促すつもりで見つめ返す。
「君がかなりのお人好しだってことに気付いたから、強引でも入部してくれるだろうって思ったの」
「お人好しって言うのは、この間のことを言いふらさなかったことを言っているのか?」
素直に福智は頷いた。
俺にとっては大したことをしたつもりは無かったし、お人好しなんて思われるとは……そこでふと、あることが頭に浮かんだ。
「それじゃあ、もし入部が嫌であの時のことを言いふらしたらどうするつもりだったんだ?」
「へ?」
福智が足を止めて立ち止まったから、俺はくるりと振り返る。この反応は、まさか。
「……考えてなかったのか?」
コクリ、と小さく無言で頷いた。
俺は思わず額に手を当ててしまった。福智の想定通りに動いてしまったことを後悔しているわけじゃない。福智の考えの浅さに唖然としていた。
「本当に良かったな、俺がお人好しで」
そう言わざるを得なかった。
福智は目に恐怖を浮かべて俺を見つめていた。今更ながらにその可能性に思い至って怯えているみたいだ。まあ、言い方は悪いけど弱みを握られているようなものだからな。
「ね、ねえ。言いふらさないよね?」
その声は震えていて、ややもすれば街の騒音にかき消されてしまいそうだった。
「……お人好しの俺が、そんなことをすると思うか? 安心しろよ。よほどのことが無い限りそんなことはしねーよ」
「よほどのことがあればするの⁉ 絶対にやめてよ!」
ひらひらと手を振りながら歩き始めた俺を追って、福智もまた歩き出した。
「本当にお願いだからね?」
縋るような感じからすると、よほど恥ずかしく思っているんだろう。しかし、そこまで言われるといたずら心がくすぐられてしまうな。
「じゃあ、今度何かおごってくれよ」
「……は?」
怪訝そうな福智に、俺はもう一度言う。
「言いふらさない代わりに、今度何かおごってくれよ。それでチャラにしようぜ?」
「チャラってどういうこと?」
「おごってくれたら、あの時のことについて俺は何も言わない、忘れる。お前も気にする必要なし。どうだ?」
俺の提案に、福智はしばらく黙りこんだ。良い提案だと思ったが、福智にとってはそうでもなかったのだろうか。
ややあって、福智は頷いた。
「わかった」
「よし、じゃあそういうことで。俺、こっちだから」
商店街の脇道、丘の上まで続くその先を俺は示す。そうして立ち去ろうとしたところで、呼び止められた。
「ねえ、立花くん」
「ん?」
「君って……」
そこに居たのは、いつもの福智のはずだった。
「……ううん。何でもない。また明日」
「あ、ああ」
夕陽のせいだろうか。
ひどく儚げで感傷的で、でも心を優しく溶かしてしまうような笑顔を見せる女性が、そこには居た。
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