高崎「ついに来たわ! 文藝部の時代が‼」
「と、言うわけなんだが……」
「よろしくお願いします」
文藝部室。俺がいない間に来ていた先輩も含めた3人が、深々と頭を下げる霧島を見つめていた。
「え、えーっと……」
静まり返った部室。
正直言って、想定外の反応だ。
福智(&先輩)は新入部員が増えたことに歓喜しそうだし、稲佐は「美少女がッ、美少女がッ‼」って叫びそうだったんだが――
「るりちゃん‼」
「はい⁉」
一番最初に口を開いたのは先輩だった。ガシッと福智の手を握って叫ぶ。
「ついに来たわ! 文藝部の時代が‼」
「え、えぇ⁉」
困惑する福智をよそに、先輩のテンションはどんどんヒートアップしていく。
「ついに! 我が文藝部にも光の当たる時代が来たのよ! もう廃部だなんて言わせない!」
そう言って今度は霧島の手を両手で握りしめた。
「私は高崎ゆみ。部長の3年生よ。夏休みまでしか居れないけど、よろしくね!」
「はい、よろしくお願いします」
先輩の笑顔に、霧島も同等の笑顔で返す。先輩の勢いに呑まれてないのはすごい。
俺が一人感心する中、福智は苦笑していた。
「霧島さん、前に誘った時は断ったのに、どうして入る気になってくれたの?」
「え、そうなの?」
霧島は「えぇ」と頷くと、
「前に誘われた時は興味なかったから断ったけど、今は面白そうだから入ろうと思ったの」
「そうなんだ……ちょっと騒がしいと思うけど、よろしく」
「ええ、こちらこそ」
互いに笑顔で言葉を交わす。
さて、後は……
「そうか、そういうことだったのか」
「……何が?」
芝居じみたこの言い方。
ロクでも無いことを言い始める合図のようなもので、できれば何も言わせたくないがそうすること能わず。俺は嫌々でも聞かされる運命だ。
「ここは、女子の集うパワースポット、『楽園』だったんだな! ついに見つけたぞ、オレは!」
「あ、そう……」
うん、何か想像はついてた。
俺の薄い反応はもとより気にせず、シュッと霧島の近くへ寄る。
「霧島さん、ようこそ文藝部へ。どうかな、今度オレと――」
「あ、ごめん。別にキミに興味は無いから」
「なっ……!」
無慈悲な霧島の一撃に、稲佐の下心は脆くも崩れ去った。最速撃沈記録だな。
「なぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだ……」
膝をついて項垂れた稲佐がブツブツと言っているが、普段の言動からして当然だろう。
どうやら皆、突然のことで反応が遅れたみたいだな。そう勝手に納得した俺は、元々座っていた窓側に腰を下ろした。
「どうぞ」
霧島は先輩に手を引かれ、先輩と福智の対面、俺から見て左側に座った。稲佐は放置したままだ。
「で、具体的に何してるんですか? 文藝部って」
着席してからの開口一番に放たれたその言葉で、再び文藝部室を静寂が支配する。
見れば、福智と先輩の額から大量の汗が滝のように流れている。
……この文藝部において、まともに『文藝部らしいこと』をしているのは高崎先輩ぐらいだ。福智は基本的にいつも読書してばっかりだし、俺と稲佐は……何もしていないに等しい。
きっと霧島は『文藝部らしいこと』を期待しているに違いない。
その予感に、俺たち三人は沈黙していた。
しかし、いつまでも黙っているわけにはいかない。
ついに、先輩が口を開いた。
「えっと……部員それぞれ思い思いのことしてるわ。私は小説書いたりしてるし、るりちゃんは読書してるし、2人は……」
ここで詰まり、先輩の目が泳ぎ始めた。
このままではマズイ、と俺が助太刀に入る。
「俺と稲佐はまあ入って日が浅いから何をしようかまだ考えてるところなんだよ……ハハハ」
助太刀になったかどうかはともかくとして、これで少しは誤魔化せたはずだ。
う、嘘は言ってないからな?
密かに三人が安堵の息を吐く中、霧島が一言を放り投げた。
「つまり、『ザ・文藝部』みたいなことはしてないんですね」
「うっ」
「「先輩!」」
的確な霧島の言葉に、先輩が射抜かれて倒れてしまった。
「先輩! しっかりしてください!」
「先輩!」
たまらず俺と福智は先輩の元へと寄り、福智が先輩の体を抱きかかえる。
「二人、とも……後のことは頼んだわ……がくり」
「先、輩……」
「先輩……」
先輩の頬へ、一滴の涙が落ちて弾ける。
「「せんぱあああああああああああああああああああああああああああああああああい‼」」
俺と福智の叫びが、木霊した。
「……何? この茶番」
それを見る霧島の目は、冷ややかだった。
「……ということで、自由に活動してもらって構わないわ。まあ、文藝部らしいことをしたい、と言うなら大歓迎だけど」
気を取り直して、先輩がそう告げた。
「まあ、おいおい考えます」
「これで良いよね?」と確認を取るように俺と福智を交互に見た。もちろん、俺たちは頷かざるを得ない。
「今日のところはゆっくりしていって」
「ありがとうございます」
先輩がコポコポと湯呑にお茶を注いで霧島に渡す。
霧島はふぅーと冷ました後、少しだけ口をつけてテーブルの上に置いた。
「で、そこの稲佐君はいつまで呟いてるつもりなのかしら」
「あ」
すっかり忘れていたが、霧島の視線の先、稲佐が依然としてブツブツと呟き続けていた。
「まあ、アイツはこのままの方が騒がしくなくていいぞ?」
「そうそう」
「あら、そう?」
俺と福智の意見に対して、霧島はちょっとつまらなさそうな顔をした。その意を汲んでか汲まずか先輩が言う。
「でも、そろそろこっちに戻してあげたら?」
「えー、マジっすか……」
先輩に言われてしまっては断りづらい。
福智を見ると、「しょうがない」と諦めた顔で頷いてきた。……気は乗らないが、こっちに呼び戻すか。
「おい、稲佐。美少女がお前の帰りを待ってるぞ」
あまり大きな声で言いたくないセリフだが、これが稲佐を呼び戻すのに一番いいはずだ。
「! どこだ! オレの帰りを待つ美少女は‼」
ほら、戻ってきた。
なりふり構わず、居るはずのない『自分の帰りを待つ美少女』を探し求める稲佐。霧島は、何か確かめるような目でそれを見ていた。
「稲佐、落ち着け」
「落ち着いていられるか! どこだ、どこなんだー‼」
この後数十分間、稲佐を御するのに苦労した。
しかも女子三人は一向に加勢してくれないから、俺一人で稲佐を静めなければならなかった。まあ、いつものことなんだけどさ。
ようやく稲佐を静かにさせるころには、それぞれ本を開いたり原稿用紙に向き合ったりしていた。
あー、疲れた。
俺は倦怠感と共に壁に背中を預け、スマホを取り出してネットサーフィンを始めた。
静かになった部室には、ページをめくる音と時計の針の音だけがあった。
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