稲佐「抜け駆けは許さねーぜ?」

 翌日。

「ふあ~あ……」

 俺は大きな欠伸をしながらいつもの通学路を歩いていた。

 俺の家は学校まで徒歩10分という好立地。登下校が楽チンで非常に助かっている……登下校が楽になるように高校を選んだから当然だけどな。

 5月になって桜も散り、植え込みの草や道路沿いの木々が青々と新緑を茂らせている。やんわりと吹く風、揺れる木々のざわめき、暖かな日差し……心地いい。

 そういえば、自己紹介がまだだったな。俺は立花優輝、フツーの高校2年生だ。特に取り立てて将来への希望だの何だの考えることなく日々暮らしている。

「ふあ~あ……」

 昨日は夜遅くまでゲームをしていたせいで若干寝不足気味だ。眠い。

「おっ」

 シパシパする目を擦っていると、見覚えのある背中が視界に入った。

「おはよう、福智」

「!」

 普段は何も言わないくせに、何を思ったか俺は声をかけていた。

 俺の声を背中で受けた福智は、ビクンッと大きく体を震わせて俺の方を向いた。

「な、何……?」

「?」

 福智の目は明らかに怯えていた。俺、何かしたっけ?

「どうしたんだ、何か悪いことでもしたか?」

 思い当る節がまったくない――普段そんなに関わりが無い――から、俺は地雷を踏む覚悟で訊いた。

「い、いや、何でもない……」

 小さくそれだけ言うと、福智は駆け出して行ってしまった。

「お、おい……」

 避けられた? そんなまさか。

(何なんだ……?)

 まったく理解できないまま、俺は学校へと辿り着いた。

「起立、礼」

「はい、おはようございます」

 朝のホームルーム。

 俺たち2年1組の担任、早田先生が淡々と進めていく。

 本人もネタにするほどキレイに頭頂部が禿げており、付いたあだ名は『ハゲ田』。俺はあまり使わないが、多くの連中がよくそう呼んでいる。年は40そこらで、柔らかな物腰と柔和な性格のおかげで生徒からの人気は高い。その1番の理由は「授業中に内職しても大丈夫」というものだったりするが、それは内緒だ。

 そんな先生が些細な連絡事項を告げるのを、俺はぼんやりしながら見ていた。大したことは言ってないので、真剣に聞いていなくても問題は無いだろう。

 その時、ふと視線を感じた。

 チラッとその視線の元へ目を向けると、福智と目が合った。

 「………」

 俺と目が合うや否や、福智はサッと目を逸らした。

(……?)

 俺は首をちょっと傾げてまた先生の方を見る。

 

 また視線。


 また目が合う。


 また逸らされる。


 また視線。


 また目が合う。


 また逸らされる。


 また視線。


 また目が合う。


 また逸らされる…………………


(って、何なんだよ!)

 ホームルームの最中に声を上げるわけにもいかず、幾度目かにして真意を問うように福智を見つめる。しかし、結局福智に目を逸らされただけで終わった。

 無言では埒が明かない。そう思った俺は、ホームルームが終わるのを待った。

「では、他に何も無いようでしたらこれでホームルームを終わります。あ、礼は要りませんからね」

 幸いにも、ホームルームはすぐに終わった。先生、グッジョブ。

 クラスメイトがざわざわとする中、俺は斜め前の福智の席の傍まで行った。

「おい、福智」

「ひゃい⁉」

 声を掛けると、福智は素っ頓狂な声を出した。

 福智は振り向いた周囲の女子にブンブンと両手を振ると、警戒した目で俺を見た。

「な、何?」

「………」

 正直に言っていいか? 俺には、こんな扱いを受けるようなことをした覚えはない。福智に執心しているようで嫌な感じではあるが、何か誤解を受けているならそれを解くに越したことはない。

「なあ、何かお前に悪いことしたか?」

 そういえば、登校途中にも同じような質問をしたな。

 俺の問いに対して福智は、

「別に、何でもないよ……」

 顔を背けながらそう答えた。妙に歯切れが悪い。

 詮索するつもりは毛頭なかったが、こうもモヤモヤしたままだと居心地が悪い。

 もう一度問いただそうとした――ら。

「立花、福智さんのことが好きなのか?」

「んなっ⁉」

 想定外の言葉と共に、1人のクラスメイトが俺の首に腕を回してきた。

「稲佐、離せ!」

「嫌だな、抜け駆けは許さねーぜ?」

 稲佐健吾。逆立てたこげ茶色の髪と好青年に見える顔立ちだけを見れば、女子にモテそうな感じだ。しかしお調子者と評判で、所構わず変態トークをぶっこんで来ようとするはた迷惑な奴だ。

 コイツに気に入られてしまったのか、俺はことあるごとにしょっちゅう絡まれている。その結果周囲に『仲が良い』と誤解され、面倒を任されているフシがある……マジで困る。

 俺が誤解というものに対して敏感になったのは主にコイツのせいだ。

「るりちゃん、行こう?」

「あ、うん」

 その稲佐が俺をホールドしている間に、福智は他の女子と共に教科書と筆箱を抱えて教室を出て行った。

 そういえば、次は移動教室だったっけ。すっかり忘れていた。

 何とか稲佐の拘束から逃れると、机の上に出していた教科書その他をひったくるようにして取って俺も教室を出た。

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