タイムループデッドファンタジー

30年前、魔族と人類の大きな大きな戦争が始まった。

沢山の人が死に沢山の町が消えた。

29年に及んだこの人魔戦争は昨年魔族の王が討ち取られた事で終わりを向かえた。

だが戦争が終わっても魔族は何処からかその姿を現し人々を苦しめ続けていた。

半年に及ぶ調査の結果、生き残った魔族は魔界領土のとある地域から姿を現す事が確認された。

その場所の名は・・・


『漆黒雨領』





「本当にこんな物で何とかなるのか?」

「世界中の錬金術師が研究に研究を重ねて完成させた杖なんだから大丈夫ですよ」


魔界のその地区に二人の人間が立っていた。

魔王を討ち果たした男勇者と女賢者である。

漆黒雨領と呼ばれる目の前の地区は絶えず真っ黒な雨が降り続いている。

問題なのはその真っ黒な雨である、魔族にだけ全く影響を及ぼさないその液体はその地区から水しぶきですら外へ出ることは無い。

だがこの世のどんな物であろうがその真っ黒な液体に触れればたちまち腐り落ちてしまうのだ。

金属も鉱物も生物すらも・・・


数多の研究者が出した結論は魔王の背後に更なる魔族を率いる者が居て、この漆黒雨領の中に再起のチャンスを狙っていると言う事である。

事実、この漆黒雨領から現れた魔族は平和を取り戻した人間を襲い始めていたのだ。

ただ単独であった事や魔王が居ないからなのか知性が低く兵士でも十分に対処出来るレベルなのが救いであった。

だがこの先も魔族の脅威に怯えながら暮らすのを良しとしない者達は勇者と賢者に対処を依頼したのだ。


「しかし、魔王の背後に控える魔族か・・・大魔王って所かな?」

「それでも人類の敵なのだったら倒すだけよ」


二人が強気で居られる理由、それは魔王すらもそれほど脅威と感じなかった程の力を持っているからだ。

数は力と言うだけ在って数で攻められれば例え二人といえど生き残る事は難しい、だが直接対決に持っていければ話は別であった。

暗殺者の様に魔王城へ侵入し、魔王と対峙して討ち果たした二人は自身に満ち溢れていたのだ。


「じゃあお願い勇者」

「よし、雨よ我が前から消滅せよ!」


勇者が杖を掲げ手に持つ杖に魔力を注ぎ込む!

まばゆい光が天へと登り漆黒の雲を照らし出す!

その光に飲み込まれるように真っ黒な雨は徐々に勢いを弱めていき・・・やがて止んだ。


「おいおいおいおい・・・マジかよ・・・」

「こっちが本物ってわけね」


数歩先が見えないほどの真っ黒の雨が止んで見えなかった光景が目に入る。

そこに在ったのは城であった。

二人が視界に納めると共に肌に邪悪な気配をビリビリと感じたのだ。


「本当に謎な雨だったな」


地面を眺めながら勇者は口にする、全てを腐らせる真っ黒な雨が地面に振り続けていた筈なのに地面は乾いていたのだ。

恐る恐る一歩を踏み出し影響が無いのを確認して二人は城へ向かって歩き出す・・・

バレナイ様に潜入するのが本来であれば好ましいのだが、雨が止んだ事で向こうも気付いているのは間違いない。

二人は歩きながら互いを見合わせ一度頷いてから真っ直ぐに城へと向かうのであった・・・






「一体これはどうなってるんだ?」

「魔族の城なのよねここ?」


城内へ正門から入りあちこちの小部屋を覗いたりしてみたが魔族の姿は一切見当たらなかったのだ。

だがつい先程までそこには何者かが居た様な気配や状況が残されており二人は首を捻っていた。

湯気の上がるティーカップに入った飲み物、開けられたタンスの様な物と脱いだ後の様な衣類。

不気味な雰囲気に恐怖を感じながらも二人はいよいよ城の一番奥の部屋を開いた。


「来たか・・・」


枯れた声が聞こえた。

真正面の王座に座るそいつは人型タイプの魔族であった。

ヤギの様な面が付いた兜を被っており表情は分からない、だがそいつが放つ気配は間違い無く魔族の物であった。


「させません!」

「ぁぁっ?!」


賢者が素早く何も無い空間に杖を払い悲鳴が上がる。

そこに居たのはローブに身を包んだ老婆であった。

真っ赤な瞳が驚くように開いている事から姿を消して近付いていたのを看破されて驚いているのだろう。

牙に頭から生える角、間違い無く魔族である。


「魔族は全て滅ぼす!」


勇者が追い討ちを掛ける様に飛び出し倒れた魔族の老婆を剣で突き刺した。

緑の血が周囲に飛び散り間違い無く致命傷を与えたのを確認した。


「ごふっ・・・先に・・・逝ってます・・・」


老婆は王座に座る者へとその言葉を告げ老婆は息を引き取った。

不思議な事に安らかな顔をしていたのが気がかりだが、まだ戦いは終わっていない。


「次はお前だ!大魔王!」

「くっくっくっ・・・俺が大魔王?そうか・・・」


それだけ告げると王座から男は立ち上がり二人に手を翳した。

だが先手必勝とばかりにその体が王座に叩きつけられる。

賢者の不可視の魔法が無詠唱で放たれていたのだ。


「その命!貰った!!」


その不可視の魔法を背中に受けながら勇者は飛び出した!

真っ直ぐに突っ込んだ勇者は魔族が死に際に自爆魔法を使う事を理解しており、それをさせない為に剣を振った!

そう、肺からの空気を送らせない為に首を切断したのだ!

体から落ちた生首は落下と共に被っていた面が外れる。

遅れて切断面から血が噴出し王座の前に崩れるようにドシャッと倒れた。

余りにあっけない終わりに、まだ何か起こるかもしれないと待ち構える二人。

だが何も起こらず二つの魔族の死体はピクリとも動かなかった。


「終わったんだよな・・・」

「そうみたいね、この二人が最後の魔族だったのかしら?」

「さぁな、だがこの城にはもう誰も居ない、せめて送ってやってくれ賢者」

「分かったわ」


勇者の言葉に頷いた賢者は詠唱を行い二つの魔族の死体をあの世へと送る。

こうする事で輪廻の輪に帰ると賢者の信仰する神殿では言われているのだ。

魔法によって浄化されたその体は塵に消えるように消滅していく・・・

それが目の前の死体が魔族である証拠であった・・・


「帰るか」

「うんっ」


勇者と賢者はその奥に部屋がもう無い事を確認し来た道を戻りだす。

これで全ては終わった。

世界に真の平和が訪れるのだ。

そう考える二人の足取りは軽く、城の入り口までこれからどうするかと考えながら歩いていたのだが・・・


「うそ・・・だろ・・・」

「漆黒の雨が・・・」


城の入り口を開いてみれば外は全てを腐らせる漆黒の雨が降っていたのだ。

勇者の持っていた杖に込められた一度しか使用できず今はただの木の杖と成り果てているのだ。


「どうする?」

「私たちが失敗したと考えて別の人がここまで来るのを待つってのはどうかしら?」

「そうだな・・・この杖もまだスペアが在ったし、それしか方法は無いか・・・」


今すぐに帰れると期待してただけに少しガッカリした感じの二人。

だが大魔王は既に居ないのだ。

幸いアイテムボックスに大量の食料もあるので悲観的になる事もあるまい、そう二人は考えて居た・・・






変化は3日目に訪れた。


ギィィィィ・・・・


入り口の扉が開く音が聞こえた。

誰かが来たのだと考え勇者は横で寝ていた賢者を起こした。


「起きろ賢者、誰か来たみたいだぞ」

「ぅぅん・・・えっ?!助けが来たの?!」

「あぁ、これで帰れるぞ!」


二人は部屋を飛び出して入り口を目指して走る。

だが正面から感じた気配にその足を止めた。

魔族特有の邪悪な気配、それが物凄い数感じ取れたのだ。


「う・・・うそだろ・・・」

「なんで・・・なんでよ・・・」


ソッと開かれた入り口から入ってくる者達の姿を覗き見て二人は驚く。

そこには多種多様な物凄い人数の魔族が居たのだ。

数人相手であれば何とかなるかもしれない、だがあの数の魔族を相手にするのは無理である。


「どうしよう勇者・・・」

「とりあえず身を隠すしかないだろ!走れ!」


勇者と賢者は少しでも奥へと逃げようと大魔王が居た部屋まで逃げてきた。

途中の部屋に隠れようとも思ったのだが、全ての部屋の中を魔族達がくまなく探索しているのを見て隠れるのを断念したのだ。

そして、その部屋でどうするか考える勇者と賢者・・・

やがて近付いてくる足音・・・

見合わせた勇者と賢者は最後の手段に出る事にした。


勇者は大魔王が被っていたヤギの面を、賢者は老婆が羽織っていたローブを装着したのだ。

牙と目と角さえ見せなければ人間だとバレナイだろう、そう考えた二人の苦肉の策であった。

だがコレが幸と出た。


「おおっ!ここにいらっしゃいましたか、大魔王様」

「んっ・・・んんっ・・・お前か、どうしたのだ?」


声を低く枯れたような感じで小さく口にした。

すると違和感を持たれる事無く目の前の魔族は頭を下げたまま報告を続けた。


「先程、我等魔族は人族に戦争の意志を示しました」

「戦争・・・人間とか?」

「はい、我々魔族がこの先も生き残る為には人族を滅ぼさねばなりません。我々は共存出来ない存在ですから」


その後も様々な魔族からの報告を受け勇者は返答を繰り返していく・・・

だがその中で幾つか違和感を覚える事があった。

聞いた事の無い名前の町や国を滅ぼしたとの報告を受けたのだ。


「大魔王様、計画通りここを魔族の最後の拠点として我々は人族を滅ぼし尽くすまで戦う事を誓います!」

「「「「「誓います!!!!」」」」」


一斉に目の前での宣言が行なわれ、それ以降城内に多数の魔族が常駐するようになったのであった。

次から次へとやってくる見た事も無い魔族達からの報告を受け勇者は必死に大魔王を演じていた。

窓から見える景色はずっと漆黒の雨に塗り潰され何も見えない。

今が朝なのか夜なのかも分からないままただただモクモクと勇者は大魔王を演じる・・・


「勇者、ねぇなんか変じゃない?」

「あぁ、また戦争が始まったにしてはおかしな事ばかりだ」


次から次へとやってくる魔族、一体これほどの人数の魔族が何処に隠れていたのか。

何も分からないまま延々と報告を受けるだけの勇者は合間合間で賢者と小声で会話をするのだけが唯一の安らぎの時間であった。

そして、勇者は気づかなかった。

賢者が口にした変じゃないかという言葉、それが意味する事を・・・


(一体どれくらいの時間こうしているんだろうか・・・)


そう考えた時にそれに気付いた。

自分の手が痩せ細っていたのだ。

いや、正確には人間の手とは思えない形に変化をし始めていたのだ。

それに気付くと同時であった。


「大変です!魔王様が人間の勇者と呼ばれる者に倒されました!」


その報告に耳を疑った。

だが横にずっと居た賢者は小さく口にする・・・


「やっぱり・・・そうなのね・・・」


一体何が?そう考えて視線をやるとそれに気付いてしまった。

ローブから見えた賢者の顔はすっかり老けて牙が生えていたのだ。

そして、気付けばいつの間にか城の中には誰も居なくなっていた。


「一体どういうことなんだこれは?!」


そう言って勇者は面を外そうとするが・・・

まるで皮膚が吸い付くように面は顔から離れなくなっていたのだ。


「ねぇ勇者・・・私達もしかしたら・・・」


そう言う賢者の顔には見覚えが在った。

信じたくない、だが現実は非情であった。


「そういう・・・事なのか・・・」


コクリと頷く賢者、その顔を見ていた勇者は気付いた。

何時の間にか窓の外に山が見えていたのだ。

そして、開かれる入り口。


そこに立っていたのは二人の人間であった・・・

そう、自分達をここから解放してくれる者。

自分達が良く知る二人・・・


「来たか・・・」


勇者のその言葉と共に賢者は姿を消して二人に向かって駆ける。

自分の意志ではない、賢者は体が勝手に動いていたのだ。

そして、人間の女に杖で殴り飛ばされて男が剣で止めを刺す・・・


「ごふっ・・・先に・・・逝ってます・・・」


賢者のその言葉、それが何を意味しているのか理解した勇者は立ち上がろうと足に力を込めた。

まるで数十年動いていなかったように固まっている足腰は鈍い音を立てながら伸びていく・・・


「次はお前だ!大魔王!」

「くっくっくっ・・・俺が大魔王?そうか・・・」


やはりだ、目の前のあいつは自分だ。

そう確信した勇者はせめて目の前の二人だけでも救おうと口を開いた。

自分と賢者だけが知っている合言葉、それを伝えればもしかしたら気付いてもらえるかもしれない。

それを叫ぼうとした瞬間であった。

不可視の魔法が女から無詠唱で放たれて胸を圧迫され椅子に押し付けられる。

余りの苦しさに声が出せない、そして迫る男の剣・・・


世界が回った。

ゆっくりと見た事も無い視点で世界が回る。

頭部に不思議な衝撃が走り装着していたそれが取れる。

あの仮面が外れたのだ。


(あぁ・・・そうか・・・この部屋自体が・・・)


転がった勇者の生首は天井を見上げていた。

徐々に真っ暗になっていく視界が最後に捕らえた天井に描かれた魔法陣。

賢者と共に学んだ知識がそれが何かを理解させた。

ありえない術式・・・

ありえない複雑さ・・・

だが結果は身を持って体験した。


目が見えなくなり顔の皮膚も動かなくなった。

だが耳に聞こえる二人の声は健在であった。


「終わったんだよな・・・」

「そうみたいね、この二人が最後の魔族だったのかしら?」

「さぁな、だがこの城にはもう誰も居ない、せめて送ってやってくれ賢者」

「分かったわ」


(駄目だ・・・止めろ・・・ここで浄化の魔法を使えば・・・)


生首となった勇者の声は届かない・・・

真っ暗になった視界が浄化の作用で一瞬だけ光を取り戻す。

天井に仕込まれた魔法陣が輝きだし浄化の魔法とリンクしこの場の時を巻き戻す・・・



この日、世界から勇者と賢者が忽然と姿を消した。

その真相を知る者は誰も居ない・・・



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