異世界を救って現実世界へ帰った勇者、その伴侶となる異世界の女はガソリンスタンドで困惑する

「どうだいエリザ、これが俺の世界だよ」

「驚く事ばかりだわ、魔法も本当に使えないしここは私の常識が一切通用しないのね」


俺の名前は徹、実は俺数日前まで異世界で勇者をやっていたのだ。

ある日突然異世界へ召喚されて女神様から頂いた特殊なスキルを使って魔王を討伐する旅をしていた。

その途中で魔族に滅ぼされた村で唯一生き残っていたエリザを仲間に加えた。

身寄りの無い彼女には魔法の才能が在り魔王討伐に大いに役立ってくれた。

そして、異世界から元の世界へ帰る時に離れたくないと気持ちを告白された。

俺も共に苦難を乗り越えた彼女と分かれるなんて考える事は出来ず共に現代日本へやってきたのだ。


「しかしこの車って乗り物は本当凄いですね・・・」

「あはは、こっちじゃ1日でも向こうじゃ何年も過ごしていたからちゃんと運転出来るか心配だったけどなんとかなるものだね」


元の世界に帰って驚いたのは時間が全く経過していなかったことだ。

俺の成長もこの世界を出たあの日で止まっており驚いたものだがそれよりも困った事があった。


「徹さん!巨大な球状の魔物が空を飛んでます!今夜の獲物に・・・」

「え、エリザ!あれは気球だよ!?そのナイフをしまって!」


助手席で開けた窓から手を出してナイフを振ろうとしているエリザを制止する。

そう、俺たちはこの世界に戻ってきて一番困ったのが魔法は使えないがスキルは使えるという事であった。

斬撃を飛ばす事も可能なのだ。


「ぶぅ・・・獲物を狩らなくても良いのは分かるのですが・・・」

「外国に行った時にでも狩りをしようよ」


そして、一番大切なのが言語理解のスキルであった。

これは世界間を移動した際に女神様から漏れなく与えられるスキルで知らない言語も理解し会話する事が可能になるのだ。

これによりエリザと俺は日本語を話し、海外の英語に限らずありとあらゆる言葉を理解し話す事が出来るのである。


「あっちょっと燃料少ないからガソリンスタンドに寄るね」

「分かりました」


エリザはこの世界に来る際に様々な常識や知識を与えられ知識上では一般教養も学習済みとなっている。

ただ戸籍が存在しないのでそのうちなんとかしないと駄目なのだが日本国内で生活している間はそれを証明する必要性が存在しないので後回しにしていた。


「無戸籍の人間と入籍したら戸籍って手に入るのかな・・・」

「徹?どうかした?」

「いや、なんでもないよ。ちょっと揺れるね」


そう言いながら車を左に曲げて道沿いのガソリンスタンドへ車を入れた。

そこへ元気良く店員さんが駆け寄って来た。


「ラッシャッセーラーイラーイラーイラーイ・・・ォッケーイ」


店員が元気良く出した声にエリザは眉間をピクピクさせて反応を示していた。


「ど・・・どうかした?」

「大変です徹、私の言語理解スキルが上手く機能していないみたいです」

「あーあれはあまり気にしなくてもいいよ」


そんな会話をしていたら店員が笑顔で声を掛けてきた。


「ィカーシヤッスカァー?」

「レギュラー満タンで」

「ッタンディスカ!ゲンキッ!?」

「えっ?あぁはい現金で」

「ッカリシター!ェギュラーッタンハイリッシター!アラトーッス!」


明るい店員は給油口にノズルを差込み給油中に窓を拭いてくれる。

その間も助手席のエリザは苦悶の表情を変えない・・・


「私の言語理解のスキルが・・・」

「エリザ?おーい、大丈夫かぁ~?」

「ハイザーダーショッスカ?」

「あっ大丈夫です」

「ッケーッデェース!」


エリザに話しかけている間に声を掛けてきた店員の灰皿どうしますか?と言う問いかけに返答する。

そんな徹の方へ奇妙な生き物を見るような目を向けるエリザ。

そうこうしている間に給油が終わりノズルが引き抜かれる音が車内に聞こえた。

金額のレシートを手にした店員が再び窓へやって来て声を掛ける。


「アリッシャー!2615円になります」

「あっ3千円で」

「アリッシャー!お釣りの385円にナリッシャース」

「何故金額の所だけ普通に・・・」ボソッ


エリザの突っ込みを聞かなかった事にした徹はお釣りを受け取り車を発進させようとするが再び店員が話しかけてくる。


「アリッシャー!お帰りはどちら方面ですか?」

「あっこのまま東へ」

「ッリョゥカイッシャッタァー!」

「何故帰り道だけ普通に・・・」ボソッ


再び小さく突っ込みが入ったエリザの言葉に噴出しそうになりながらも車を発進させて道路へ出る。


「アーーッス!!!!」


最後の言葉にも再び表情を強張らせて反応を示すエリザ。

そんな彼女の頭に手を乗せて優しく撫でてやると直ぐに表情は崩れていつもの彼女が戻ってくる。

俺はそのまま車を走らせて実家へ向かう・・・

両親に婚約者としてエリザを紹介したら一体どんな顔を見せてくれるだろうか・・・

それが今から楽しみで仕方が無い・・・

そんな何でも無い幸せを2人で歩んで行けるのならばあの異世界で過ごした日々も無駄では無かったな・・・


「徹、ご両親にご挨拶する時は「ッハジメティーッス」って挨拶したほうがいいかな?」

「エリザ・・・それだけは勘弁してくれ」


先程のガソリンスタンドの店員の影響を受けてしまったエリザ、こうやって色々学んで成長していくからきっと悩む必要なんて無いのさ。

そして俺は車を走らせ続ける・・・





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