召喚魔方陣と天才の失敗

「なんでだよ…」


一人の学生が教室の中で座り込んでいた。

すぐ前には椅子が置かれてあり天井からは輪が作られたロープが吊るされていた。

見てわかる通り学生は自殺をしようとしていたのだ。

だがいざとなって足がすくんで行動できなかった。

学生の名は『橘 一樹』この学校の中でも飛び抜けて優秀な生徒である。

何故そんな生徒が自殺をしようとしているのか…


「もう嫌なんだよ…」


周りからは優秀と言われて良い子で居なければならない。

だが他人とは隔絶した頭の良さは友人からは避けられ教師すらも腫れ物を触るように接してくる。

優秀が故に孤立、それが橘の日常であった。

泣きながら死にたくても死ねない橘は絶望に沈んでいるのであった。





一時間ほどして教室を片付けて真夜中の廊下を歩く橘。

知りたい事は調べれば直ぐに分かるこの世の中にあっても橘は新しい事を知りたがる。

遊びや学問に限らず雑学から少数民族の決まりなど知りたいものは全て調べ尽くした橘はそれでも何か新しい発見がないか真夜中の図書室に忍び込んで今夜も本を漁る。

実は真夜中の学校に忍び込んで自殺をしようとするのは今日が初めてではない。

だが毎回土壇場で踏み出せず片付けて図書室へ行き本を漁るのだ。

だがそれも今夜で終わりだ。


「はぁ…読み終わってしまった…」


速読をマスターしている橘は今日で遂に図書室の全ての本を読みきってしまった。

明日から何をやろうかといつもよりも早い時間に帰ろうとしたのだ。


「ん?明かりが点いてる…」


そこは魔術研究部と言う怪しい部活の部室である。

この学校は部員が3人と顧問が居れば部活申請できるのだ。

だから毎年怪しい部活が出来ては消えていく…

まぁそんな変な進学校なのだ。


「ん?何か聞こえる…」


部室のドアに近付いた時に中から声が聞こえた…

そっと近付いて聞き耳をたてるとそれが呪文なのだと直ぐに理解できた。


「我が前に転現せよ!」


その言葉を最後に中からは何も聞こえなくなり暫しの静寂が訪れる…

そして…


「はぁぁぁぁぁぁぁ…」


盛大な溜め息である。

橘はドアに手をかけてゆっくりと開く…

そこには一人の女生徒がいた。

黒いマントを頭から被ってる彼女は確か『朝倉 洋子』だ。

朝倉の前には大きな魔方陣が床に描かれており中央には見たことのない変な壺が湯気を上げながら置かれていた。


「なにやってるんだ?」

「ひぇぇぇ?!っえっ??…えと…確か橘一樹?」

「いきなりフルネームで呼ぶとは中々面白いよ朝倉洋子さん」

「えっ?なんで私の名前?つか、あんたこんな所で何してんの?」


どうみてもそれはこっちの台詞なのだがとりあえず俺は床の魔方陣を見た。


「ん?これさ…こことここの記号の配列おかしくね?」

「えっ?あんたわかんの?!」


橘は様々な知識を持っている、その中には暗号を解読する方法が億の単位で知識としてあるのだ。

その一つがこの魔方陣の配列を解析するに至った。


「んと…ここの記号を書き直して…こっちはそこの並列処理だから…」


見る見るうちに書き直されていく魔方陣。

朝倉も終わったら消して帰るために床にチョークで描いていたのが幸いした。

橘の直しは直ぐに完了し朝倉の横に立つ。


「これで大丈夫だと思うからやってみな?」

「う、うん…」


明らかに最初のとは別物となった魔方陣を見ながら朝倉はとりあえず試すことにした…

本を片手に呪文を読み上げる朝倉…

すると呪文と共に床の魔方陣が光を放ち始めた!

その様子を橘は目を輝かせて見詰める…

自分の知らないことが目の前で起こっているのだ!

しかし、これが二人の運命を大きく変えることになるとは知るよしも無かった…


「我が前に転現せよ!」


朝倉がそう告げると魔法陣の中央に置かれていた壺が突如木っ端微塵に粉砕した!

中に入っていた白い粉末があたりに散らばるのだがそれが床に描かれた魔法陣の中へありえない動きで落下していく・・・


「すげぇ・・・」


橘は目を輝かせてその光景を見詰めていた。

物理的にありえない現象を目の当たりにして理解の及ばない現象に感動しているのだ。

そして、魔法陣の線と文字が白い輝きを広げ円の中が真っ白に染まった。


ゾクッ!!!


2人は突如感じた事のない悪寒を感じて身震いする。

それがなんなのか橘には理解できていた。

朝倉に指示して直させた魔法陣には橘が知りうる最高の悪魔を呼び出す形に変更させていたのだ。

それこそが悪魔の中の悪魔、大魔王サタンである。

中二病ではなく橘の知識の中にあるのは本物の悪魔であるサタンである。

過去に読んだ黒魔術の本で得たその存在ならば自分にこのつまらない世界以外の景色を見せてくれると期待していたのだ。

それで自分が死んでも人類が滅んでも良い・・・

そう考える橘は一種の進化の頂点に到達していた。

進化の終着点は自滅、それは数多くの哲学者が導き出した答えでもあり橘はそれを理解していた。

だからその終わりを自滅ではない方法にする事でその摂理を捻じ曲げる、その行為に興奮していたのだ。


「凄い・・・これは凄いな朝倉さん」

「えぇ・・・間違い無くこの魂が震える感覚は悪魔を呼び出したみたいね」


朝倉さんはこれから自分が死ぬと言う事なんてこれっぽっちも考えていないだろう、だがそれが自然・・・

死は誰にも平等に突然やってくる、それが世界の摂理なのである。


「さぁ、僕の期待に答えてくれ!」


橘がそう告げると変化が起こった。

真っ白になった円の中から何かがゆっくりと出てきたのだ。


「毛?いえ、これは・・・もしかして・・・頭?」

「頭部だな・・・」


紫と銀と白が流れるように変色し続ける毛が乗ったモノが出てくる・・・

直ぐにそれが何かの頭頂部だと理解した二人は止まらない悪寒と吐き気を覚えていた。

橘に至っては膝が笑い出すのだがそれでも彼は真っ直ぐにそれが出てくるのを見詰める・・・

そして、それは橘の予想を超えた出来事によって2人は固まってしまった。

それも仕方ないだろう、こんな事予想できるはずが無い・・・

魔法陣の円から生える様に出てきたそれは頭頂部から額、そして眉毛まで到達した時にそれ以上出なくなった。

いや、魔法陣の円が小さくてつっかえてしまったのだ。


「えっと・・・これはどうしたらいいのかな・・・」


朝倉さんはそう口にして震える体を自分の両腕で抱きしめつつそれを眺める。

魔王サタン、それが現世に橘のせいで頭部だけ出現したのである。

だがそれ以上は魔法陣の大きさが小さかったせいで出ることも出来ず魔法陣の効果は切れる事無く続くのでそこでつっかえてしまったのだ。


「え・・・っと・・・」


これには流石の橘も思考が停止した。

天才であるが故に今までこんな失敗をした事が無かったのだ。

そして、解決策なんてある訳も無い状況下で橘は生まれて初めての取り返しの付かない事というのを体験した。

生まれて初めての焦り、生まれて初めての困惑・・・

そのどれもが橘を狂わせた。


「こんな時は・・・あれ・・・あれ・・・あれ?」


今まで平常心を失ったことが無い橘にとって完全な混乱は恐怖でしかなかった。

分からないと言う事が分からないのが天才なのである、その自信が今完全に崩れ去った。

考えがまとまらない、焦れば焦るほど思考が停止する。

見たものは全て暗記し考える前に答えを導き出してきた橘という天才はこの瞬間完全に壊れてしまったのだ。


「ど、どうしよう橘君・・・」

「う、うるさい!いま考えてるんだ!!」

「急にど、どうしたの・・・」


朝倉も橘の異様な変化に驚いていた。

そして、それが目の前に在る悪魔の仕業だと勘違いしたのだ。


「出て来れないのなら・・・そうだ!」


1人ブツブツと呪文の様に何かを呟き続けている橘は当てにならないと朝倉は行動を起こした。

過去の失敗の経験、それがこの状況下での差に繋がった。

朝倉は考えたのだ。

途中で詰まって抜け出ないのならば・・・


「橘君!手伝って!」


そう言って朝倉が持ってきたのは洗剤であった。

床に描いた魔法陣を綺麗に消すために使うので携帯していたのだ。

その一本を橘に手渡した。


「えっ?これで・・・なにを?」

「指輪と一緒だよ!引っかかったのなら滑りを良くしてやれば抜けるかも!」


橘は驚いた。

朝倉洋子、彼女の事は知っていた。

決して頭の良い女学生ではない事も、だがその彼女が自分が思いつかなかった解決策を出してきたのだ。

正直見下していた相手だった事もあり橘の中で朝倉の評価がガラリと変わった。


「わ、分かった手伝うよ!」

「私こっち側に流し込むから橘君そっちお願いね!」


そう言って地面から生える頭部と魔法陣の隙間に洗剤を流し込んでいく2人。

そして、一周してほんの少しだけ上に上がったのを確認して二人は次の作に出た。


「滑るから引っ張り出してやれば出るかも!」

「よ、よし一緒にやるぞ!」


既に橘の頭は回っていなかった。

朝倉と共に目の前の魔王サタンをどうにかしようとだけしか考えていなかったのだ。

もしもこれで頭部が通っても肩が通らないと言うことにすら気付いていなかった。

そして、引っ張るとなると何処を掴むかと言うと・・・


「それじゃいっせーので引っ張るよ!」

「あぁ、分かった」


2人はサタンの髪の毛を腕に巻きつけるようにして並んでいた。

脈打ち色が常に変化し続けるつそれはこの世の物とは思えないほど美しく2人は巻いた腕を何か不思議な力が包み込んでいる様な気がしていた。

そして・・・


「いっせーの!!」

「せぇい!!」


朝倉の合図と共に橘も一気に引っ張った!

その結果・・・


ブチブチブチブチ!!!!


勢いで後ろに転がる2人、その手には勿論抜けたサタンの髪・・・

体を起こして目の前の結果に愕然とした。


「は・・・ハゲちゃった・・・」

「しかも何か様子が・・・」


髪の毛を引き抜いた事もそうだが見えている額の血管が青白く浮き上がり怒りを露にしながらプルプルと震えだしていたのだ。

髪の毛を引き抜かれた痛みでそうしているのだと考えた朝倉だが橘は直ぐに理由を理解した。


「やべっ・・・これだよなきっと・・・」


それは先程橘が流し込んだ洗剤、隙間に染み込むように魔法陣との境目に流し込んだのだがその場所は眉毛の下。

つまりその下には勿論魔王サタンの目があるのだろう。

瞼のすぐ上から流れ出てくる洗剤が目に染みるが垂れてくるのを止めようにも出てくるのが目の直ぐ上、拭き取るスペースも無く目に直接流れ落ちてくるその光景を想像して橘は乾いた笑いを上げる。

このままでは世界が滅ぼされるだけで済まされるわけが無い・・・

最初の思考に落ち着いた時に橘の頭が再起動していた。


「そうか・・・これなら!」


そう言って橘は駆け出す。

その手に取ったのは地面に魔法陣を描いたチョーク。

魔法陣を消したりしようにも頭部で完全に蓋がされているために弄る事が出来ないそれに橘は一つの解決策を思いついたのだ。


「魔法陣の外にもう一つの魔法陣?そうか!広げる気なのね!?」

「いや、この魔法陣の形式は英語の文法の様な形で描かれていた。ならこうやってやれば・・・」


そう言って橘は魔法陣の外にもう一つ魔法陣を描きそれを完成させる。

すると詰まっていた魔王の頭部がゆっくりと床の中へ戻りだした。


「一体何やったの?!」

「notを書き加えたのさ」

「not?」


not、英語で「・・・無い」と言う意味を表し文や語句が表す内容を否定する、つまり橘は魔法陣の事象内容を変更したのだ。

「こちらへ来させる」と言う魔法陣を否定して「あちらへ行かせる」と逆の効果を発動させたのだ!


「終わったの?」

「あぁ、無事にな」


2人がずっと感じていた恐怖がその瞬間消え去り辺りを包み込んでいたプレッシャーも消えてなくなっていた。

2人は喜びを分かち合うように手を取り合って喜んだ。


「ありがとう、ありがとう橘君!」

「いや、こちらこそ朝倉さんが居なかったらと思うと・・・」

「橘君・・・」

「朝倉さん・・・」


極限の緊張の中、釣り橋効果はバッチリであった。

そして、いつもよりも遅い時間に2人は片づけを終えて帰路につく・・・

その手は自然に繋がっており分かれる瞬間まで離れることは無かった。









数日後。


「これどうしようか・・・」

「本当に成功しているみたいだしな・・・」


同じあの部屋で橘と朝倉は昼休みを使って実験を行なっていた。

それは簡単な黒魔術の本を用いた実験であった。


「ほらっ操れるみたいだし・・・」

「黒魔術がこんなに簡単に出来るなんて・・・」


橘の手からは炎と水が浮かび上がっていた。

その手には魔王サタンの髪の毛が1本。

それを持っているだけで人間にも魔法が使えるようになっていたのだ。


「こんな物が出回ったら大変だよね・・・」

「だな、これは厳重に封印しておかないと・・・」


あの日以来2人は自然と一緒に居る時間を互いに増やしていた。

まるで引き寄せられるように2人は無意識に近付き周囲からはいつの間にか交際をしているのだと囁かれている。


「ねぇ、これ使って封印の呪術試してみない?」

「これを封印する為にこれを使うのか?面白いなそれ」


笑いあう二人、2人はその後結婚し幸せな家庭を築いていく・・・

そんな2人は知る由もなかった。

2人が離れ離れになると復讐をしに行く時に探すのが面倒だからという理由で返される直前に魔王サタンは魔法陣に指を突っ込んで2人に一つの呪いを掛けていた。

その呪いは2人の関係を強くしていつの日か復讐を行なう為に子孫を残すようにする呪術であった。

朝倉の事を受け入れた橘はガラリと人が変わったように他人の考えを受け入れる様になり、橘と言う気になる存在が出来た朝倉も女の子らしくなって2人にとってその呪いが全く魔逆の効果を齎しているなんて魔王サタンは気付くはずも無かったのであった。




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