「ぼくのなまえ? おおかみ!」


 連れて帰った少年はところどころ話が通じなかった。動物が人間になるだなんて、にわかには信じがたい。それに、私は占い師だ。魔法使いなんかじゃない。私が何かをしてオオカミが少年になったというわけではないのだ。だけど、この目の前にいる少年は、どうやら本当にオオカミらしい。毛皮もないし、どう見ても人間なのだが、漂う野生の香りと鋭い眼光は、彼がケモノであることを示していた。


 野性のギラギラ光る瞳を人間のように細めて、少年は私に向かって微笑んでみせた。いけないいけない、このままではいけない。少年を真っ裸のまま放置するわけにはいかず、私は苦労して私の服を彼に着せた。厳密には男物ではないが、男物のようなものだ。私は自分が着飾ることには無頓着で、そんな服ばかり持っていたのだ。


「おねえさんのにおい……」


 少年は最初は服を着せられることを嫌がったが、いざ着てしまうとそれを脱ごうとはしなかった。


「く……くさい……かな?」


 自分の服をくんくん嗅がれるとなんだか恥ずかしい気持ちになる。ケモノ相手とはいえ、私のにおいがするものをくさいと言われてしまうと悲しくなると思う。だが、私の懸念は少年の答えで払拭された。


「ううん。だいすきなにおい」


 嬉しそうにそんなことを言われたら照れるではないか。私は言葉を失ってしまう。そんな私に少年は無邪気な笑顔で訊く。


「おねえさんいつもどこでねてるの?」

「え……?」


 私はしぶしぶ少年を寝室に案内した。寝室兼洗濯物干場のそこには、寝台もあるけれど、たくさんの洗濯物が部屋を占領していた。これを他人に見せるのは少し恥ずかしいが、相手はオオカミなのだ。別に恥ずかしがることもないと思った。


「わあ! なんだかもりにいるみたい! ぼくもここでねていい?」


 目を輝かせて訊いてくる少年に、私はうなずいた。すると、少年は嬉しそうに私に抱き着いてきた。


「ありがとう! おねえさんだいすき!」


 この世の終わりまでの一週間……。一人で過ごすよりはマシかな、なんて私は軽く考えていた。

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