絵葉書


 私が病室を訪ねた時、その人は絵葉書を整理していた。上半身を起こし、膝の上に菓子缶を置き、束になった絵葉書を、一枚一枚、裏返しては眺め、どのような順序でか、丁寧に重ねて缶のなかに仕舞いこむ。私に気づくと微笑んで、なかの一枚を差し出した。私はそれを受け取って、枕元のパイプ椅子に腰掛ける。波間のヨットの帆の白い、海辺の街の夏の日の絵。裏返す。青いインクで書かれた宛先と名前と他愛もない小話。快活な声の聞こえてきそうな結びの句。


 これらはすべて、友人が、旅先からとわたしに寄越したものです。絵葉書の束を整えながらその人が言う。

 素敵ですね。私は答える。

 文面をお読みになりましたか。その人が訊く。ええ。私はもう一度絵葉書を眺める。浜辺で娘に声をかけ、軽くあしらわれたやりとりが、しゃれた調子で書いてある。

 むかし、それとそっくり同じ話を、本かなにかで読んだことがあります。

 私は目を上げる。その人は目を細める。彼は根っから出不精で。わたしや誰かが誘っても、滅多に旅行など行かなくて。遊ぶお金もないんです。机にかじりついて仕事して、なのに妙に子どものようなところもある人で。

 ご友人はお見舞いにいらっしゃるのですか。つまらない質問だと思いながら、私は訊く。いいえ、彼はいま旅烏なのですから。その人は笑って答える。


 よくある話でしょう、陳腐な話でしょう、にこにこしながらその人が言う。陳腐な話ではあるけれど、でも、わたしはなんとも嬉しいのです。窓越しの春の陽の中でその人はまるで透きとおっているように見える。

 菓子缶を撫でながら、またひとつちいさく咳をする。

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