猫、姫、旅

この三語で書け!スレ お題「猫」「姫」「旅」



 猫がね、と、その日初めて姫様は、私にお声をかけてくださいました。お城に出仕して3日目のことです。


「猫がいなくなってしまったの。いっしょにさがして」


 かしこまりました、と私はお辞儀し、姫様と連れ立って歩きだしました。厨房、書庫、見張り塔。城中を見て回りましたが、どこにも気配はありません。いなくなった猫の話をあれこれとおしゃべりしながら、姫様は私を引っ張って歩きます。

 中庭を抜け、城門の前までやってきました。残っている場所はここだけです。


「お城の中にいなかったのなら、きっとお外ね。わたし知っているの、猫は年を取ると旅に出るのよ。わたしの猫も大きくなったからお城のお外へ旅に出たのだわ。さがしに行かなくちゃ」


 一息に言ってしまうと、姫様は私を見上げてもう一度、さがしに行かなくちゃ、と繰り返されました。期待に目を輝かせた姫様に、私は首を横に振りました。姫様はうつむかれました。

 私は知っていたのです。姫様は猫など飼ってはいないことを。出仕した初日に忠告を受けたのでした。姫様は新顔を見ると決まって猫をさがしに行くとおっしゃっるけれど、城門を開けてはいけないよ、それは姫様のお戯れ、外に出たいがための方便なのだから、と。

 ふいに、私の胸はいっぱいになりました。姫様が不憫でした。仮にこの城を出たとして、どうして普通の子供のように、猫をさがして城下町を走り回ることができましょう。幼い姫様にはそれがわからない。ただただ無邪気にご自分の、ささやかな冒険を夢見ていらっしゃる。


「もっと大きくなったら、わたしも旅にでられる?」


 でられますとも。私は答え、後悔しました。いったいこれまで何人が、似たような慰めを口にしたのでしょう。姫様は聡明な御子でした。誰もが口をそろえて同じような返事をするわけを、もうそろそろ察しはじめておられた頃かもしれません。

 石造りの高い城門と、その向こうの青い空を仰ぎ見て、姫様は、そう、とつぶやかれたのでした。

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