第5話 タイガービール(夏の夜空を見ながら飲みたい)

 春の公園は桜のつぼみが思いっきりふくらみ、木の枝全体がピンクに見える。杉の木は真っ赤で、店の2階のベランダの窓には花粉がうっすらと溜まっている。手すりによっかかって外を見ていると、すでにもう春休みなので子供たちの声がうるさい。まだ北のほうへ旅立とうとしない様々な色のカモや、ペンキ塗りたてのような白鳥が池を泳いでいる。小鳥たちは春の歌を歌い、カラスはそれを追い立てている。

 屋外のオープンカフェは、花粉症でない人で昼休みはそれなりに賑わっていたのだが、マスクをしたままでは飲み食いができないから、多くの利用客は店の中に引きこもっている。もう少ししたら桜は満開になり、週末には木の下で酔いつぶれる人もいるだろう。

 店内の、日当たりがいい席でうとうとしてるところをタイガービールさんに起こされた。

「がおー。食べちゃうぞ?」

 タイガービールさんは黄色っぽい服でしましまのニーハイで、オレンジ色の髪で、オプションがついている。

「これは…ケモミミ?」

 さわって引っ張ったら、タイガービールさんに引っかかれた。

「痛いたいたい! 何すんねん!」

 おまけに大阪弁。

「大阪弁やなくて関西弁やね。涼宮ハルヒが本当の関西人やったらつこうとる言葉なんよ?」

 ただの人間には興味ないねん、みたいな感じかな。

「だーかーらー、なんでも「ねん」とか「でっせ」つければ関西弁っぽくなるわけやないんやで。アホちゃうか」

 タイガービールさんはケモミミに手を当ててぽん、と叩くとそれを引っ込める、と、ヒトの耳が生える。その耳を両手で隠すと、頭の上のほうからまたケモミミが生える。これは面白い。

「タイガービールちゅうのはシンガポールのビールね。昔、今から80年ぐらい前のこと、かの地で虎の神が3柱集まっておいしいビールを作ることにしました。神はそれぞれ、ビールとポップを持ち寄り、地元の水を使って成功しました」

 本当は植民地支配の、ちびくろサンボに出てくるような虎的資本家が、ハイネケン社の指導のもとに作ったんだっけ。でもシンガポールってライオンって意味だよね。

「ライオンなんていないのに。でも、虎=神ってのは関西人にとっては一般常識として…」

 いや、それは阪急と阪神で「急」と「神」になっただけ。タイガービールさんは普通にさり気なく嘘言ってくるキャラ作りなのか。

 で、タイガービールさんの能力って何?

「えーと…動物の言葉がわかる能力とかねん。これ、貸してあげる」

 えー、ケモミミって取り外し可能なんだ。

 それをつけてまたベランダに出てみると、公園の鳥たちが何を話しているかがわかった。わかるけれども「会話ができる能力」ではない。

 普通の鳥たちは「えさ!」「美鳥(ヒューヒュー)!」「敵/味方!」ぐらいしか言ってないんだけど、カラスたちは神の不在・実在およびその普遍性はどこまで証明できるか、とか、白いカラスがいたとして、それはカラスと言えるのか、みたいな、古代ギリシャ人もしくは中世のキリスト教の教会構成員なみに哲学的・神学的な会話をしていて、それはそれで会話に加わるのは難しそうだ。

 カカー、オキロー、とか言ってたわけじゃないんだなあ。

 タイガービールさんは獣医学部に通っていて、東京の親戚がやっている猫カフェでアルバイトをしているらしい。

 ビールの味はすばらしく苦くて、まさにラガー。色は陽光に照らされている虎の色。のどを通るときの音が聞こえ渡りそうなのどごしのあと、さらに一口含むと、ほどよい甘さがその奥に秘められているのが感じられる。ドーム球場じゃない野球場で、夏の夜空に星と月に向かって打ち上げられるホームラン・ボールで盛り上がったあとに飲みたい。大阪風、じゃなくて関西風の、安い昔ながらの和風居酒屋に置いてあったらきっとみんなで飲むだろう。夏が終わるころには、どうせまたいつもの順位のところで、応援するチームは落ち着いていることだろう。


味     ★★★☆☆

コク    ★★★☆☆

個性    ★★☆☆☆

おすすめ度 ★★★☆☆(これはその日の天気・体調に左右されそう)

お値段   250円

素朴な感想 非国産ビールにしてはなんか安い。ハイネケンとは確かに味は違う気がするなあ。

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