断章〈僕は、どうしようもない人間でしかない〉

「ごめんなさい」


 私の寄生体は、謝ってばかりだ。

 いつも。

 何時も。

 誰に対しても。

 けどもその言葉は常に、自分に言い聞かせているもので。

 決して、誰かに聞かせているものではなかった。

 無為に。何度も。彼は謝っている。

 私が私に巣くう蟲に話しかけてしまったのは、つまるところの疑問からだった。

 ――なぜ、謝っているのですか。


「僕がどうしようもないから」


 逡巡の気配の後、弱々しく応えてくれた。

 私はコンタクトを続けた。

 いったいどうして、誰の時にでも謝っているのですか。


「僕には誇れるものが何一つ無いから」


 誇れるものがないと謝る必要があるのですか。


「僕がそうしたいから」


 なぜ。


「そうしないと、僕が僕の惨めさに潰されてしまいそうだから」


 だから。

 誰にでも。

 自分に聞かせるために。


「ずっと謝っているんだ」


 なんて、矮小な心の人間なのだろう。

 ――――――……。

 私は、このときに気づくのです。

 過ちを犯していた。

 寄生体との対話は、私の人格の形を歪めてしまう。寄生体ゆえ、接触による影響は明らかでした。これまで私を自分の身体として使ってきたのだから、こうして接触を続ければ、私はそちら側に強く結びついてしまう。

 本来なら変革の時、寄生体は分解し、それを動力の一部にする予定でした。

 ところが、半ば私の一部と認識しはじめているどころか、彼固有のままで取り込んでしまおうとしている。溶け合わせる、という表現が該当する事態だ。

 人間らしい感情があるのも。

 こうして会話してしまったことも。

 すべてはこの顛末までに至る警報だった。

 私が興味を示した時点で、破綻したのだ。盲信しなければならない愚者の立場で、純粋な信仰心だけを抱けなかった。小さな疑問が大きな歪みまで成長してしまったのだ。

 だから私も人間らしい思考を持つ。

 感情を持つ。

 この男に多少なりの理解を持つ。

 私は、苛立っていた。

 この男は燻っている。

 動く時を待ちながらに目を背けてもいる。

 どこまでも弱気で優柔不断だ。

 つい、苛立ちから、言葉を溢してしまう。

 ――君は、ずっと自分のことばかりなのですね。


「そうだよ。ずっと、僕は、自分のことばかりなんだ」


 そうして、返しておきながら、この男の燻りは消えないのだ。むしろ。

 ――それなら、どうして君は、有子だけを追わなかったのですか。


「言っただろ。僕は、いつだって自分のためだけにしか動かない、どうしようもない人間なんだ」


 だったら。


「だから」


 男が、ごめんなさいとまた謝った気がした。


「正しいかなんてわからない。それでも、やらなければと思ったから、」


 ……ほら。結局、誰もが諦めるだろうと思える時になって、こいつは力強い目で挑むものを睨みつけるのだ。

 腹立たしい。


「百合ちゃんが泣いていた。宏太が頑張っている。僕も、そこに居たいと思ったんだ」


 理由が子供じみている。

 大人の責任や使命感等は重くて持ちきれない。ただそこにいたい。友達の近くでまだ遊んでいたいと言っているようなものだった。

 ただ、こいつはたったそれだけの理由に、ありったけを込める。

 ――有子は、もういいのか。

 そう聞いてみた。

 揺らぎはない。

 男からは言葉にすることの気恥ずかしさが感じられた。


「あいつ、お節介だから。僕が頑張るなら、もしかしたら来てくれるだろ」


 理解は、幾分かはできる。

 共感は難しい。

 ああ、やはり。私は、この男に声をかけるべきではなかったのだ。

 恐怖も。

 不安も。

 震えも。

 今にも挫けたくなる感情をも奮い立たせる感情ごと、力を込めた拳に握りしめているその姿の顛末を見てみたいと思った。

 なれば、短い時でも、並び立つ価値もあるだろう。

 ここからは、ただの身勝手だ。

 責任なんて構っていない。

 正しいかも、間違っているかもわからないし、精査もしない。

 大人にあるまじき子どものような暴挙に出る。

 ただ、それでもこれまで関わってきた人たちにせめて自分の中だけでも折り合いを付けるために、この男は今一度、言葉にする。

 なるほど。私は、少しだけこの男に寄り添えたのかもしれない。


「「ごめんなさい」」

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