五章 1/5 〈外界の干渉摩擦〉

 花火大会まで三日になる。

 橋本大紀行方不明事件と、なぞの人体一部発見の事件で、もしかしたら今年は大会中止になるかもしれない。人体一部発見の傷害事件が、橋本大紀行方不明と結びついたのなら、殺人事件に変わるだろう。そのとき中止はさけられない。

 準備に関わった僕は祭りを中止されるのは残念だが、どうこう思うほど感心はなかった。仕方ないと納得できる。

 今朝の、緑の実の一件はさておく。僕は食料や日用品の買い物に出かけた帰りだった。スーパーに居座る井戸端会議常連員さんたちからは、すでに橋本大紀行方不明と、人体一部発見の傷害事件を結びつけて、殺人事件の噂話をしていた。

 これはもしかすると、役場の判断や警察の意見が後押しするよりもはやく、世間体とやらで祭りは中止になるかもしれなかった。祭りまで今日を合わせてあと三日だから、五分五分のところだろう。

 いろいろ起きている。いや。違う。町の事象は人やものの数だけ存在する。いろいろあると感じられるのは、僕のチャンネルが単に今までそれらと合っていなかったに過ぎない。無関係でいられたものをそうでないと僕が思うようになったのに他ならない。

 今日も夏の蝉は短い一生を謳歌したくて必死になっている。日差しも強くて、花火大会当日の雨予報が疑わしいくらいだ。あくまで予報は予報なのだけれど。

 さっさと家に帰って、涼しい居間で扇風機の風にあたりたい。僕は買い物袋で痛くなった手に力を込め直した。


「ちょっと、よろしいですか」


 交差点、歩道の湾曲を通り過ぎて細い道に入ったところを、背中から声をかけられた。近くに体育センターの大きな駐車場があり、たぶんそこで待機していたのだ。僕が振り向いたときには、警察手帳をこれ見よがしに出している男性が立っていた。


「刑事の、東堂とうどうという者です。この町で行方不明事件を調査しています。ちょっとお話をよろしいですか?」


 にへら、と物腰の低さが鑑みられるうさんくささ。わざとやっているとさえ疑いたくなる。男はたるんだTシャツとチノパンツの恰好をしていた。私服刑事なのだろう。全体のだらしなさと無骨な警察手帳が不釣り合いで似合わない歪さがあった。

 ……変に勘ぐられるのは面倒くさいことにしかならない。


「はい。どうぞ」

「榊木町役場勤務の橋本大紀はしもとだいき四十六歳の男性が行方不明なのはご存じですか」

「昨日まで花火大会の祭り準備に参加していまして、橋本大紀さんが担当だったと聞かされています」

「そうです。その橋本大紀が、ええと十日前に連絡が捉えまして。捜索届が出され、調査しています。どのような方かは」


 おかしいな。あの夜はのはずだ。


「申し訳ございません。あまり記憶にないです。たぶん現場にもあまりいなかったと思います」


 間合いの探り合いのようで気持ちが悪い。

 明らかに標的を絞っている。


「そのようですね。誰と会っていたとか、または旅行や遠出に行くなんて聞いていませんか」

「何も。あの、本当に行方不明なのですか」

「はい。ええと、今から十日前、役場からもご自宅からも姿を消されています。その六日後、夕暮れ時にふらりと歩く姿を町で目撃されていました。が、そのあと、ぴたりと消息を絶っています。実のところ、姿を消す前から様子が徐々におかしくなっていったそうで、職場でも奇行に、いわゆるおかしくなった行動をされていたみたいなんです。何か、知りませんか」


 いえ、と僕は首を振る

 そのあたりは有子からも聞いていない。

 たぶん傷害事件との関連性も調査しているのだろうけど、刑事はその事実を伏せているようだ。わざわざ刑事が出向いて調査をするあたり、殺人事件に結びつけられるのはほぼ決まりだろう。


「ところで、榊木町役場勤務の神山有子さんとはご友人ですよね。彼女のことについていくつかお伺いしたいのですが」

「彼女がどうかしたのですか」


 いけない。表情に出てしまったのかもしれない。

 有子と僕が友人関係であるのを知っているのは限られてくる。この刑事に一度もそのような話をしていない。最初から、僕と有子との関係性を知った上で、僕に聞き取りをしていたのだ。僕がどんな顔をしてしまったのかわからないが、刑事はうさんくさい笑みを深くしてみせた。


「大した問題でもないのです。橋本大紀と最後に接触したかもしれないのが彼女なのです。念のためといいますか。普段の素行を聞いておこうと思いまして。数日前から何か彼女で変わった様子はありましたか」

「さあ。彼女が休みの日は一緒にランチに出かけもしますが、特に変わった様子はなかったですよ」

「そうですか。職場の聞き取りで、彼女は橋本大紀とは食事に誘われていたこともあったそうなのですが、何かご存じでしょうか」

「いいえ。はじめて知りました」


 食事に誘われていた、ね……。腑に落ちる、というよりは怒りが頂点に達しそうだった。

 納得は僕に憎しみの感情を作らせる。もはやそれを向けるべき相手がいないのが残念でならない。


「どうかしました」


 僕は、いいえと首を振った。


「聞きたいことは以上ですか?」

「長々とすみません。また何か気になることがあったらお伺いしたいですが、もう一つだけ。今日、神山有子さんはどこにいますか」

「職場ですよ。榊木町役場に務めています。どの課は知りませんけど」

「ううん。本当に、今日、職場にいるのですよね」

「そのはずですが」


 今朝、家を出るとき、彼女は今日も仕事だと言っていた。だからのんびりだらけず、朝食を終えたところで素早く帰り支度を済ませて出て行った。

 刑事の顔が真剣に整えられた。こんな顔もできるのかという驚きより、この人がもつ強さを垣間見た気がして怖くなる。

 ところが、刑事の東堂の表情はすぐにうさんくさい笑みに変わる。


「すみませんが、あともう一つだけ。彼女はこの町に住んでいますよね」

「そうですよ。有子の家はここからそんなに離れていませんよ」

「ありがとうございます。実のところ、昨日、彼女に一度聞き取りしてましてね。こちらでもご自宅は把握してます。変なことを聞いてしまいましたね。失礼しました。それでは、またお願いします」


 刑事は元の弱腰で駐車場へ去った。車はすぐに駐車場から発進していった。

 こちらの気遣いを先回りしたかのような言葉を置いていった。有子の昨日の話にも、刑事の聞き取りの件は出てきた。あの刑事で十中八九間違いないだろう。

 彼女はこの町に住んでいますか、か。住んでいたよ。

 あの刑事は感で僕に聞いたのか、それともわかっているのかは、こちらでは判断できない。

 壊される不安が消えてくれない。がした。

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