美里楽一の奔走・Ⅱ

「今日はどのようなご依頼でしょうか?」

 依頼人は若い女性、とりあえず淹れたてのコーヒーを用意し、座ってもらったソファーの目の前に差し出す。

「男性の方……? あの、あなたは所長さん、ではないですよね……?」

「はい、僕は安良河探偵事務所の雑務を担当してます。美里楽一みさと らくいちと申します」

「雑務、ですか……」

 どうしても女性は心配そうな表情のままだ。

「所長をお呼びしますか?」

「えっ、それは、はい、是非」

 それが当り前だろう、と言わんばかりのリアクション。

 廊下に出てへ向かい、ノックをする。

「布団さん、依頼人の方が所長に出てきていただきたいとのことです」

「めんどくさい」

早い返答だった。

「いま、いいとこ」

「しかし、依頼人が」

「もうすぐでくりあ」

多分、ハマってるオンラインゲームだろう。

「……キリがついたら出てきてくださいね」

「りょうかい」

 どうしても彼女は自分のやりたいことを優先するがある。それでいてこれまでに解決してきた事件は少なくもなく、信頼が無いわけでもない。

「お待たせしました」

「あの、所長さんは?」

「はい、現在…… どうしても手が離せない作業があるとのことで。もう少ししたら顔を出せるとのことです」

「はぁ……」

「コーヒーでも飲んでごゆっくりしてください」

「ゆっくりなんてしてられません!」

 突然女性は立ち上がり声を荒げる、迂闊だった。

「申し訳ありません」

「いえ、こちらこそ大きな声を……」

「よろしければまずは僕にお話を聞かせていただけませんか?」

 数秒の思案の後、懐から一通の封筒を取り出した。

「昨日、届いたんです、ポストに」

「中を見ても?」

「どうぞ」

「拝見します」

内容は以下の通りだ。


坂下美鈴さかした みすずは罪を隠している 

自らの罪を認め 名乗りを挙げろ でなければ彼の命は無い


「坂下美鈴、というのは?」

「私の名前です」

「なるほど……」

所謂脅迫状だ、紛れもなく、ただの悪戯では無いのだろう。なぜなら、坂下美鈴がを危惧し、我が安良河探偵事務所に持ち込んできた。それだけで十分に、裏打ちのある危険が迫っているに違いないのだ。

「坂下さんは罪を隠している、と書かれていますが。心当たりは?」

「……ありません」

ある。

「分かりました」

「それで、書いてある通り彼の命を、津田将司つだ しょうじの身を守ってほしいんです」

「津田将司さん、というのは?」

「私の恋人です」

「彼の命は無い、としか書かれていないのに、どうしてその方だとお分かりに?」

「あたりまえだろ」

 突然背後から声が聞こえた。振り返ると小学生のような小さな身体に、見るからにパジャマと言ったような服装の、最も、てんで、名誉ある安良河探偵事務所現所長様がそこにいた。

「その子は、どちらのお子さんで……」

「所長です」

「えっ?」

「彼女が、安良河探偵事務所の現所長、安良河布団やすらか ふとんです」

「ども」

女性は沈黙し、困惑していた。

「らく、こーひー、にがいの」

「はい、今すぐに」

 超甘党かつ超辛党の布団さんがブラックのコーヒーを注文する、それはこれからお仕事モードになるという合図なのである。

 布団さんがこっちに来た時のために、ブラック一杯分は残しておいた。

「どうぞ」

「ありがと」

 ちなみにお仕事モードになると使うカップも変わる。いつもはピンクデザインだが、お仕事モードの為のカップは黒無地だ。

「……ふぅ、苦い」

「あっ、安心してください。こんな見た目ですけど、スイッチが入ったら本物の探偵ですから」

「は、はぁ……」

 女性は未だに困惑していた。

「……さて、話を始めようか」

数秒間の沈黙を破り、布団さんが言葉を発する。

「まず彼女がと聞いて真っ先に恋人の津田将司を思い浮かべることができた理由だが、まあ当然だな。婚約をしている、もしくは結婚して間もない。そうだろ?」

「えっ? はい、そうです。婚約はしていて、入籍は来月の予定で」

「どうして分かったんですか?」

「左手の中指に指輪の跡がある。隣の薬指には婚約指輪が。おそらく邪魔になったから元々付けていた中指の指輪を外したんだろ。そんな婚約して間もないようなカップルなんだ、一番大切な異性なんかその相手に決まってるだろ」

 確かに、よく見ると左手の中指に微かなくぼみのような変形跡がある。

 坂下美鈴はハッと驚いたように自らの左手を見つめ、それから布団さんの方へ視線を上げた。

「なるほど、少なくとも浮気をしてなければ、そうに違いないですね」

冗談である。

「浮気なんてしてません!」

申し訳ない。

「ええ、もちろん、すみません」

「で、お前は何か罪を隠しているのか?」

「いえ、罪なんて、何も……」

「ふーん、まあ構わん。隠してようと隠してなかろうと、それについては興味ない。それより目前のが大事だ」

「はい、それが実は今朝からショー君と連絡がつかなくて……」

「ちょっと、大問題じゃないですか! もう既に彼は、ってことも」

「そんな!」

「落ち着けアホ共」

こう見えて布団さんは19歳であり、僕よりも年上なのだ。だからキレてはいけない、決して。

「連絡がつかないのは今朝からか? 直近で連絡を取ったのはいつだ?」

「昨日の夜中、メールが着てました。だから、その時が最後です」

「なるほど…… ちなみに、メールの内容は教えてもらえるか?」

「はい。昨日の夕方頃、私からメールしたんです。来月の入籍の件で話がしたい、って。返信がなかなか来なくて、夜中にごめん寝てた、って。えっと、これがメールの本文です」


ごめん寝てた。

明日のバイトが終わったら美鈴の家に行くよ、それじゃおやすみ。


「本当みたいですね」

「……まあ良いか。分かった、それで、つまりお前はコトが起こる前にその脅迫状の送り主を探し出し、津田将司を守ってほしい。そういう依頼だな?」

「はい、そうです。お願いします、大切な恋人なんです、ずっと付き合ってて、とっても大事な人で、優しくて、だから、うぅ……」

「泣かないでください! 大丈夫です、何としても、安良河探偵事務所が解決して見せますから!」

「まっ、任せとけ」

「はい、ありがとうございます、よろしくお願いします……」

 突如、軽快な音楽がどこかから鳴り響く。

「ごめんなさい、私のケータイです。知らない番号…… ちょっと失礼します」

 それは、たった今話題に上がっていた津田将司の死を知らせる電話だった。

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