奇跡の勝利の果てに
鐘辺完
奇跡の勝利の果てに
かめは困っていた。
うまくまわりに乗せられてうさぎと競争するはめになってしまった。
なぜ、うさぎが勝つに決まっているような勝負を受けてしまったのだろうと後悔するが、あれほど周囲にけしかけられては断ることもできなかった。
仕方がない。かめはベストを尽くすだけは尽くそうと思った。
競争の当日まで、走り込み、筋トレをした。腹筋は体の構造からしてつらかった。
ときおりうさぎもトレーニングしているようだったが、軽く流す程度のようだ。その軽く流して走っている速度でもかめの全力疾走をはるかに越えたものだった。
勝負にならない。
だが、負けて元々だ。競争に参加することに意義がある。負けたところでペナルティはない。
そこでかめはふと思う。うさぎはかめに勝つことで何を得るんだろうか。
競争当日になった。
かめが現地につくと、支払いを要求された。
うろたえるかめにこのお膳立てをしたやつらが言う。
勝ちうさぎ投票券ばかりが売れて、勝ちかめ投票券がまったく売れなかった。したがって、勝ちかめ投票券はかめが買え、というのだ。
それはつまり、かめが負けたときに、勝ちうさぎ投票券を買ったやつら全員に支払われるための金だった。
かめは断りきれず払うことになってしまった。莫大な金額だった。負けたら生命保険でもかけてうまいこと死ぬしかなさそうだ。
はめられたとは、競争することが決まったときからわかっていたが、ここまでとは思わなかった。
もう、開き直るしかなかった。
陥れた村のものたちとうさぎに対する怒りさえ起きなかった。
かめはもう無心となってスタートラインに立った。
スタートピストルの号砲が鳴る。
かめは猛ダッシュした。したけれど、ゆったりとジョギングするうさぎにあっという間に差をつけられる。
かめはただ確実に歩を進めた。本人は走っているつもりだったが、歩を進めているとしか見えなかった。
しばらく走っているうちに全身が心臓になったかのように高鳴り、息も絶え絶えになる。
ふと見ると、ゴールだった。
誰もが不機嫌な表情でかめのゴールを迎えた。
うさぎはとっくにゴールしているはずなのに、その姿はなかった。
かめがゴールして30分もすぎてから、うさぎはゴールに到着。うさぎはこともあろうに途中で昼寝をしていたという。
うさぎはブーイングを受け、村から追放されることが決まった。
そして、かめは勝ちかめ投票券の換金で金持ちに……ならなかった。
誰もがうさぎの勝ちを信じていた。かめに金を払う気などなかった。
予定調和で勝つはずのヒーローが負けた。彼らの描いた絵には勝利するかめの姿などない。
かめは罵倒された。
もう、この村にはいられない。いる価値もない。
かめは紙切れになって飛び交う勝ちうさぎ投票券の吹雪の中、村を去る。
何も得るもののない奇跡の勝利だけを胸に。
奇跡の勝利の果てに 鐘辺完 @belphe506
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます