第4話 静かな揺らめき

 

  ------【生徒会執行部・本部】


「ワインレッドの手紙。それは、次代の女王を決める唯一のゲームへの招待状…か…」

 一人の女子生徒がぼそりと呟く、手には愛美が手渡されたワインレッドの手紙だ。彼女は手紙を見つめてそっと目を瞑り息を吐く。美しく長い黒髪がするんと肩を落ちて視界の邪魔をしてくるので、手で耳にかけてやればコンコンとドアがノックされた。

 手紙を鞄の中にしまい「どうぞ」と一言返えし、生徒が使うには勿体ない程に立派な机とリクライニング付きの椅子に己の体を収める。腰掛けた彼女の視線の先には長い金髪を片方で三つ編みにした長身の女子生徒が立っていた。

 金髪の女子生徒は右に泣き黒子のついたタレ目の奥に何やら期待を含めた様子で、椅子に腰かけ背もたれに体を預けている黒髪の女子生徒に用向きを告げる。

「おっはよぉ~、昨日の諜報記録よぉ。ふふっ、今朝も相変わらず無愛想ねぇ…眉間に皺が寄っているわ」

 金髪はからかうような声音で笑う。

「ご苦労様。そういう貴女は相変わらず嫌悪を抱かずにはいられない匂いをしている自覚はあるんだろうな?」

 黒髪が返すは嫌そうな声音と更に刻まれる眉間の皺。

「んふふふ、私がどんな香りを纏っていようと普段は何も言わないのに珍しいじゃないのぉ」

 ケタケタと面白がって金髪はまたしても笑う。そして、彼女は真正面不機嫌マックスな黒髪の前に近づくと机にそのまま乗り、そのまま顎を撫で妖艶に笑む。

「そのまま墜ちて、私の部下になってくれてもいいのよぉ?」

「死んで生まれ変わったその先でも御免だ。その不快な手を離せ、用は済んだだろう?」

 撫でる手をパチンと叩き落し、眉間の皺がまた一本増える。金髪はそれをものともせず机から降りると振り返り、胸元から何かを取り出しチラつかせた。

 それは、黒髪が先刻咄嗟にしまったワインレッドの手紙。金髪も同じものを持っているのだ。

「こーれ、今朝奴隷ちゃんが持ってきたのぉ。私宛にって…」

 下弦の三日月のように口を歪め、瞳に宿る感情は挑発。

「選ばれたのか……姫に」

「ピンポーン!流石は番犬ちゃん、女王様の犬だからその辺はよくわかってるのねぇ」

「昨晩時点で、王様から聞いている」

「お姫様の駒数は?」

「7つだ」

「はぁ…7つ……ね」

「………間違いない」

 くるりと窓の方へ向くと、背を預け溜息をついた。

「これは厄介ねぇ…6人も他にお姫様がいるなんて…」

「陛下がそう言われたのだ。つべこべ言うなら反逆罪として、今すぐこの場で切り捨ててやろうか?」

「お姫様に対してそんなことできないって‥‥分かっていて言っているのかしらぁ?」

「全く…厄介な立ち位置になったな」

「ふふふっ」

「さて、そろそろ本格的に出て行ってくれ。無駄話は嫌いなんだ」

「やっぱりつれないわねぇ…城崎まり(しろさき まり)は」

 ケラケラと笑い金髪は黒髪こと城崎まりに言い放つ。

「そういうお前はいつも気色が悪い、早乙女麗華さおとめ れいか

 眉間の皺をより一層刻んで、金髪こと早乙女麗華に返す城崎。彼女は振り返ることなく、早乙女が去ったことを扉の音と映った窓に確認すれば向き直り、先ほどの手紙を改めて引き出しから引っ張りだしてみる。

「今バレるわけにはいかないんだ…早乙女」

 中身を開く。書かれているお姫様の称号は---

「白雪姫か…私にはお似合いだ。皮肉なくらいに…お似合いだ」

 苦虫を潰したかのような顔をした後、表情は一変し喉を鳴らすようにクククと笑うと机に思い切り拳を叩きつけた。

「分かりましたよ、陛下……ならば私は奪って見せましょう!!如何なるものも!!!誰も彼も!!!貴女の座すらも!!!全て!!余すことなく…!!!」




 ”それが、白雪姫わたしのやり方だ”






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 ------【第二保健室】


 時刻は正午。愛美は久我と二人きり第二保健室で自習をしている。構内にお昼休みを告げるチャイムが鳴り響くと、愛美は伸びをして小さく溜め息を付いた。それに気付いた久我はお昼にしようと言って立ち上がる。今の今まで今朝座ったソファーから移動し、生徒学習用の机でパソコンと睨めっこ…おまけにお隣には王子様が家庭教師のように座っているという絵面だ。愛美は内心、どこぞの乙女向けゲームかな?と突っ込んでいたのはここだけの話である。

 それよりも昼食だ。昼食を食べなければと立ち上がると途端に腹の虫がグゥ~っと鳴ってしまった。聞こえてしまったんだろう、久我がクスッっと笑って声をかけてきた。

「そんなにお腹が減っていたのかい?」

「は、はい!じゃなくて!えっと…」

「いや、素直に答えてくれてよかったんだけど…まあいいか。お昼は持ってきているかい?」

「も、持ってきています」

「分かった。僕はちょっと職員室に行ってこなきゃいけないから、お茶の準備をお願いしてもいいかな?お茶と急須とコップはそこの棚で、お湯はポットに用意してあるからそれを使って欲しい。初日の来て早々で申し訳ないけど、よろしくね」

「はい、分かりました」

「行ってきます、すぐ戻るよ」

 久我はいくつかファイルを小脇に抱え部屋を出て行った。緒方も新居への引っ越しの為、ここにはいない。一人ぽつんと広い部屋、曲がりなりにも保健室に取り残されている愛美は昼食の準備をしながら、改めて一人になって思うことがあった。

「凄く…温かい……」

 そうだ。昨日まではこの島に来てからずっと"独り"だった。本来なら居心地の良く、青春を謳歌し分かち合う友がいるはずの教室は、愛美にとって時に灼熱の砂漠のように渇き、時に極寒の豪雪地のように冷たい場所だ。身も心も日に日に裂かれ、体は悲鳴を上げて心は壊されていくばかり…今まで呪いかと思うほど人に忌み嫌われ来たが、ここまでの否定・拒絶・排除の反応は初めてだったし、何よりも自分の最も心強くて頼りになる”姉”が今はいない。そう、”いない”のだ。

 そして、愛美は目を瞑り今朝からの出来事を思い出してみる。ワインレッドの手紙が自分に来たこと、その手紙には今日から自分がシンデレラというお姫様になったこと、自分の専属執事と名乗りこの第二保健室へ連れてきた緒方の事…そして、第二保健室の主である久我の事。他人に拒絶され続けた毎日を過ごしている自分からすれば、他人が積極的に接触してくるのは困惑する。


 だが、”嬉しい”と喜ぶ自分が今ここにいるのだ。

 

 ふと頬に何かが触れた。正確には何かが伝って落ちる…それは”涙”だった。それも恐らく今までで一番大粒の涙、いくつもいくつも頬の上を優しく撫でては走っていった。

 それからはもう、いつの間にか久我が戻ってきた頃でも愛美は泣き続けていた。久我が駆け寄って声をかけても、頭を撫でて貰っても涙は止まらず流れ続ける。最終的に抱きしめられると更に溢れた。

 昼休みが終わるチャイムが鳴った頃に愛美の涙は収まったが、当の本人は泣き疲れてしまったのか深い眠りに落ちてしまったようだ。

 安心しきった表情、何か憑き物が落ちたような様子で可愛らしくも自分の腕の中で寝息を立てる少女に、久我はやれやれとため息をつくも内心役得だなとも考えていた。今までこの部屋にやってきて、共に時間を過ごし時が来れば去っていった生徒達と比べれば、愛美は久我にとって”未知数のような存在”に近かった。

「不思議な子なんだね、君は」

 正直な回答だった。今までの生徒は皆、最初は警戒し打ち解けるまで時間がかかったのだ。今日初めて会ったにも拘わらず、こんなにも簡単に人前で涙を流して眠ってしまう生徒なんて…少なくとも久我の経験において前例は皆無である。

 すーすーと眠る愛美をこのまま抱きしめているわけにもいかないので、久我は腕に彼女を抱いたまま立ち上がりベッドへと運んだ。彼女をベッドに乗せ、衣服を整えて布団をかけてやればもぞもぞと動いて何やら呟いているようで、久我には意図せずともその寝言が耳に入ってきてしまう。

「おねえ…ちゃん…」

「お姉ちゃん?」

 寝言を呟いた声は幼い子が寂しさを訴えるときのそれによく似ているなと久我は思った。そして同時に、彼はこの少女には自分が思っているよりも大きな何かを…抱えているのではないかとも。

 顔にかかったこげ茶色の前髪を耳にかけてやる。そしてその手をそのまま、頭に添えて優しく撫でた。

 そして、一つ呟いた。




 「君には”大切な人”がいるんだね…羨ましいな」




 誰の耳にも入らないその言葉は、寝息と吐息が支配する空間にすっと消えてしまった。





第4話 静かな揺らめき END

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