第1章
第1話 選ばれた姫君
「う、嘘…え…これって……」
神田愛美は現在進行形で状況を理解するのに精一杯だ。あまりにも大きいサイズの情報を理解するには時間がかかるというもの、彼女の脳内は現在軽くパニックを起こしている状態である。
一先ず、彼女が今置かれている状況を理解するために情報を整頓してみるとこうだ。
① 女王選出戦とやらの候補者に手紙が送られる
② その手紙は本日中に届く
③ 今、手元にある直接人の手で届けられた手紙
④ その手紙のシーリングスタンプには女王を示す王冠の刻印
導き出される答え
A. 女王選出戦候補『姫』に選ばれた
「選ばれてしまった…んだよね……私」
ワインレッドの封筒の表面には確かに愛美への宛先だ。ご丁寧にも現住所と学年・クラス・出席番号まで書いてある。差出人は言わずもがな『女王』その人で確定しても良いだろう。
でも、なぜ私なのだろう…やっと状況が理解できて来た頃に愛美はふと疑問に思った。島にもともと住んでいる島民から選出されるのならば納得がいく、だが自分は寮だけでなく学校でも嫌われている立場……一体何故だ。
「ダメだ、理由が全然分からないよ…」
本日三度目の大きなため息をついてから、ふと顔を上げてみた先にある時計の針は、先刻少年が言っていた約束の時間までまだ余裕があると告げていた。
「とりあえず食器片付けなきゃ…」
誰が聞くわけでもないその言葉を呟いて立ち上がり、食器たちをまとめて台所へと向かった。カチャカチャとなる食器のお喋りで、軽く現実逃避をしつつを片付け終えると、彼女は改めて席につき手紙を手に取る。時刻は午前6時45分。
やっといつものようにニュースを告げ始めたテレビを消し、封を切る。中には数枚の紙とアンティーク調の鍵らしきものが入っていた。鍵は全体的に黒色で差し込む部分には何やら刻まれているようだが、目を凝らしてみてもよくわからない。海外の言語なのかそれとも記号なのか…不思議そうに見ていたそれを置いて今度は紙に目を通してみる。内容は次の通りだ。
『 神田愛美様
今回 貴女を 『シンデレラ』 に任命する
詳細は同封の資料を参照の事。同封の鍵は紛失しないよう大切に管理すること』
『 シンデレラ選出者の方へ
この度は次期女王選出戦への決定おめでとうございます!これから『シンデレラ』として、次期女王の座を目指す貴女へ、エールをお送りするのと共にこれからのスケジュール等をご説明いたします。
その前に一つだけお約束を
”『シンデレラ』に選ばれた貴女は、自らが『女王候補(通称:姫)』に選出されたことを公言してはならない”
これは”貴女を守る”為にありますので、のちにわかることとなると思いますがくれぐれもお約束を違わぬ様よろしくお願い致します。
さて、早速ではありますが任命初日である本日のスケジュールごご説明いたします。
【姫様の本日のスケジュール】
AM 8:00 現在お住まいのご自宅にお迎えに上がります
AM 8:15 学校へ到着。同行の執事が目的地までお送りします
AM 9:00 現在お住まいの荷物をすべて引き取り、新居へお引越しをさせていただきます
~ 荷物はは新居へ移動した後、各々相応しい場所へ配置させていただきます
PM 4:45 授業終了後、執事が直接お迎えに上がります
PM 5:00 新居到着。執事から更に詳しくご説明いたします』
「致せり尽せりだ…」
愛美はふと呟いた。予定を見る限りでは、まるでどこかのお嬢様のような扱いになる。今の生活とは180度逆の生活と言っても過言ではないくらいだ。
書かれている夢物語かと思うほどの内容に圧倒されつつ、同封された資料とやらの終わりにはこう綴られていた。
『それでは、貴女様にとってより良い"しあわせな日々"となりますように』
「はぁ…もう、なんなんだろう……混乱する」
もう数えるのも面倒になってきた溜息をつけば、一人そう呟いて時計を見やる。時刻は午前7時前を指しており、今も刻一刻と時を刻んでいる最中だ。
約束の8時まではあと一時間もある。本来ならばそろそろ家を出て、誰にも見つからない通学路(山道)を辿るところなのだが、本日からご丁寧にも車で通学できるというではないか。
もう一度資料に書いてあるスケジュールとにらめっこをしては、あっと声を上げて立ち上がった。
「そうだ。いない間片付けてくれるって書いてあるけど、ある程度纏めておいた方がやりやすいよね」
そう。自分が学校で苦痛の時間を過ごしている間、勝手ながらこの部屋から新居にお引越しをしてくれるのだ。ならば、少なくとも他人に見られたくないものだけは片付けてしまおうと思い至ったわけである。
「先に貴重品と…あとは…」
人に触れられたくない、見られたくないものを一通りまとめ、ここにやってきた当初に使った段ボールを組み立て直してしまった。しっかりガムテープで止めたあと、【貴重品・開封厳禁】と赤いマジックで書いておく。恐らくこれで開封されることはないだろう。
さて、荷造りに夢中になっていると時刻はもう8時手前まで迫っている。そして、呼び鈴が部屋に鳴り響くと愛美は応答した。
扉の向こう側で待っていたのは、真っ黒な燕尾服に身を包んだ一人の男で、愛美が扉を開けると男性は跪いて首を垂れた。
「っ?!」
「おはようございます、わが主・シンデレラ姫。私、本日から身の回りのお世話をさせて頂くこととなりました、緒方と申します。何かご用命がございましたら、容赦なくお申し付け下さい」
緒方と名乗る男は灰色の長い髪を三つ編みにしている。顔立ちは中性的で慈しむような目つきを称える赤い瞳は、今はまさに愛美だけを映していた。愛美は若干戸惑いながらも緒方に声をかける。
「お、おはようございます。こちらこそ、お世話になります…?あ、あの!とりあえず顔を上げてください、誰かに見られたら……」
「ご安心下さい。この建屋にいる住民は皆、この時間ならば外出しております。それを考慮した上でお迎えに上がっております」
「そ、そうなんですか…あ、ありがとうございます」
「いえいえ、執事は主の最善を常に考え行動するもの。どうぞ遠慮なくお申し付け下さい」
「は、はい…」
「姫、お時間が迫っております。お荷物をお持ちしますのでお車へ」
「はい!」
緒方は愛美の通学用リュックを持つと車へと案内する。寮の前には黒塗りの高級車が一台止まっており、緒方は後部座席のドアを開いて、収まるべき主人を待っていた。
「さあ、どうぞ。姫様」
誘われるまま、少女は車に乗った。
高級感漂う車内は快適な温度を保っており、眩しい日差しは少しスモークが掛けられている窓から覗けばその光を弱め、まるでどんよりとした空に場違いな太陽が浮かんでいるようにも見えてくる。
この車の向かう先は彼女の地獄である学校だ。
いつもと違う登校方法が愛美に齎らすのは只管に不安の二文字だけである。そんな愛美の気持ちなど御構い無しに、車は走りだす。
運命の始まり 哀れなシンデレラ姫
カボチャの馬車は 絶望の城へ向かう
選ばれ1人の姫君の物語は こうして始まった
第1話 『選ばれた姫君』 END
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