第23話
パチパチ火の爆ぜる音と、大きく建物自体が傾ぐ音、それから、遠くのサイレン。
それよりも鮮明なのが木下の荒い息だ。
ナイフのようなものをちらつかせているのが見えた。
何を考える間もなく、木下に突進してそれからもみ合いになった。
それでも間もなく煙を吸いすぎた木下は気を失い、俺も遠くなる意識の中で木下を担ぐと玄関に向かった。
途中玄関付近のキッチンから爆風のような熱風が吹き込み、それを思わず吸い込んだ喉が焼けるように傷んだ。
だけどどこかその痛みが、俺の意識を少しまともにしてくれた。
施設の玄関から抜け、安全な場所までたどり着けた時、少し耳が聞こえづらい感覚と目がかすむような感じはあったが、川瀬と、それかられえが急いで駆け寄ってくるのははっきりと確認できた。
声が思うように出せず、それでも陽菜は?とだけ川瀬に聞くと
川瀬は泣きながら微かに微笑んで
「大丈夫、中にいる間煙いっぱい吸っちゃったけど、れーちゃんが服かぶせてくれたんだ。もう救急車にいるから」
俺が頷くと、れえが動転した様子で近寄った。
「くに、国彦!!」
興奮して何度も呼ぶれえに答えてやりたいのに声が出ない。
だいじょうぶ、だいじょうぶ
大きく二度言った。
川瀬はそっと立ちあがると「俺、ひなに付き添って乗るね」と言った。
それから「れーちゃんとくにひこさんは一緒に乗りなよ」そう言うと、俺たちに背を向けた。
それでも、小さくうつむいた後で振り向いて俺を見た。
「このひと、屋上で会った時からくにひこさんの事好きだったよ。俺わかるもん」
そう言うとまた背を向けて「俺も一緒だから」と呟いて、救急車に走った。
喧騒の中で、俺はれえを見た。
れえも俺を見ていた。
ただじっと目を合わせたまま、しばらく何も言わないでいると、救護隊員が駆け寄ってきて車に乗せてくれた。
病院に着き、診察が終わって診察室を出た時にはれえの姿は無く、俺は一泊入院することになったので病室に通された。
そんなに重篤な症状ではないが気道熱傷で声が出にくくなった事と、少しの火傷で済んだのは本当に運が良かったとしか言えない。
通されたのは狭いけどちゃんとした個室だった。こんな軽傷の俺が一人この部屋に通されたのは明日の朝KBP本部のお偉方が挨拶に来るからだそうだ。
まあ普通に考えて、悪い事じゃないんだろうけど、怖え…
それから興奮したような身体をとりあえずベッドにもたれさせてみたけど、静けさと消毒液の慣れぬ匂いに落ち着かなくて立ちあがった。安静にしろとは言われたけど、別に動くなとは言われてない。
れえに会いたかった。
何を言うかなんて決まっていないけど、ただ、れえの顔が見たい。
その想いだけが俺を動かした。
煙を多く吸い込んだはずだから中毒症状が出ていてもおかしくないが、火傷も見た限り重篤そうなものはなかった。
まだ診療がつづいているのかもしれない。
勢いよく部屋を出ようとした時、丁度走り込んできたれえとぶつかった。
「…くに!」
心配そうに俺の名を呼んだれえの息が切れていた。
「気道…熱傷だって聞いて…」
荒い息のままれえが言った。俺はそれにただ頷いた。
れえの眼から涙が毀れた。
俺は、ゆっくりとれえの頬をぬぐった。
自分でも驚くほどに自然な流れだった。
そんな風に触れてはいけないと思っていたのに、どうしてもそうしたかった。
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