第22話

数日後、れえが退院した事を知った。

まだ学校には来ていなくて、退院して数日経っても俺はれえに会えずにいた。





「なあ川瀬、やっぱ後で俺一人で行くって」

学校の近くのスーパーの店前で、休日のあまりの人の多さに俺がそう言うと、スキップするみたいにはねてた川瀬が振り向いて懸命に俺を見上げた。

「施設の近くよりこっちのお店のが大きいし、俺が一緒に行きたいの!」

「あのなぁ…」

「大丈夫!変装もばっちりだもん!」


そう言うと川瀬は俺の目前でくるりと回って見せた。

俺の部屋着のスウェットは明らかにサイズがあってない。それからコントみたいなマル眼鏡かけてキャスケットを目深にかぶって、真面目に直立した。

なんか…笑える…


仕方なく、そのままスーパーに入りカートを手にとるとそっと川瀬が寄り添って俺を見上げた。

「憧れてたんだこうゆうの♡」

「……へー」

「興味なさそう」

「ねーなー」

「むーっ」



買い物も終わり、たくさんの食材を両手に抱えて電車に乗るところで、見慣れた姿が改札を潜るのが見えた。

れえだ。


俺は、しばらく呆然とその姿をただ言葉もなく見つめていた。

れえの方も気付いて足を止めた。


「あれ、あの人、くにひこさんの好きな人だよね」

割と大きな声で言った川瀬の口ふさごうとしたら、それより先に川瀬がれえに向かって呼びかけた。

「おーい!!ねえねえ!今からカレー作るんだけど、一緒に食べようよ」

いやいやいや、

「川瀬、お前ばかなの?」

て俺が焦ってんのに、当の呼びかけられたれえは至極落ち着いた様子で「食う」と答えた。


ええええ…おいおいおい

「いや、れえお前」

「…よお、くに」


れえはどこか不機嫌そうなまま、俺達と電車にのり、川瀬の妹陽菜のいる児童養護施設の最寄駅で降りた。

俺の腕を取り鼻歌なんか歌って妙に上機嫌な川瀬と、その様子を静かにじっと固い表情で窺っているれえ。この状況が意味わかんなすぎて、もういっそ無表情の俺。


…何、この状況。


「ねえねえ、れーちゃんはさあ」

「おまえ一個年下だろ。ちゃん付けで呼ぶな」

「れーちゃんコワいよ。おめめが三角だよ」

「元からだ。ばーか」


俺を挟んで、不思議と会話が成立してる。

何を試されてんのこれは…



れえにはカレーとだけつたえてるけど、

今日は川瀬の妹のいる施設で小さな催しが行われる予定だった。一般の人も交えて秋の交流会が毎年開かれているこの時期に、日頃の恩返しがしたいと川瀬がカレーを作って児童養護施設に来た客にふるまいたいと以前からそう言っていたのだ。


そんなのどかな雰囲気の中で、施設が近づくにつれ何か焦げるような匂いと、女性の悲鳴の様な声が聞こえてた。

近づけば近づくだけ、胸騒ぎが強くなる。


施設に辿りついたころ、嫌な予感が的中している事に気付く。

施設から黒々と煙が出ていた。

施設の職員や子供たち、そして催しに集っていた近所の住人達が、不安げに建物を見つめていた。

何人かは大きな声で泣いていて、若い女性職員が興奮した様子であわててそこらを動きまわっている。


まだ中に子供がいるのかもしれない。


「みんな、どうしたの!?」

「ゆずくん!」

女性職員達がわっと集まった。みな涙目でよほど恐怖を耐えていたに違いなかった。


「知らない男の人が入ってきて居間で火をつけて…」


女性職員は今にもその場に崩れ落ちそうな泣き顔で続けた。

「陽菜ちゃんだけつかまって、まだ中に……」


「ヒロだ…」

「!木下が」

「なんでなんだよ。なんで…」


川瀬は俯いて悔しそうに涙を堪えたかと思うと、煙の勢いよく吹き出している玄関に向けて走り出した。

俺は力一杯止めるとそれでも川瀬は振り払って施設内に入ろうとする。


「川瀬!!」

「ひなぁッ!!ひなが死んじゃったら俺ひとりになっちゃうよ!!!」

「落ち着け、俺が連れてくる」

「…くにひこさん」


背後でばしゃりと激しい音がして、すぐ、玄関に向かう俺を押しのけた。そこには、さっき買ってきていたミネラルウォ―タ―のペットボトルを開けて

それを頭からかぶってびしょぬれのれえが立っていた。


「くにはそいつといてやれ。俺がいく」

と言うと、れえは止める暇もなく走って玄関の煙の中に消えた。

「コラ!れえ!!」

叫んでも答えは無い。



俺は職員に川瀬の身体を支えてもらうと。すぐにれえの後を追った。


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