第19話

ロミオさんかられえの体調が思わしくないと聞いた日の翌日、

学校が終わってから、礼の入院している病院のエントランスでしばらく立ち止まった。


本当は会わない方がいい。

れえの精神状態が不安定なら、自分が行って更に混乱させるのはまずい。

だけど、思いを押さえ込もう押さえ込もうと思えば思うほどに、会いたい気持ちは募った。


れえが弱ってるならなおさら、せめて大丈夫だって言ってやりたい。

俺はれえの病室に足を進めた。


病室に入るとれえは眠っていて、俺はベッド近くの椅子に腰掛けて、その寝顔を見つめた。

数分後、静かに目を覚ましたれえはしばらく辺りをうかがうようにぼんやりと目をゆっくり動かした。

それから俺と目が合うと、はっきり覚醒したようにいきなりその場に勢いよく起き上がろうとする。

「起きなくていいってれえ、そのままでいいから」

「大丈夫」


ロミオさんが言うような深刻な感じはなかった。

限りなくいつものれえだった。

数日前、毛布に隠れて出てこなかったのも何かの間違いかと思うくらい、しっかりとした表情で上半身をおこして俺と対峙した。


「ロミオさんから聞いた。熱下がらなくて、不安になってるって」

れえは、何かを言いかけてそのまま沈黙した。

少しの間静かな時が流れた。


「あの後輩、大丈夫か?」

れえが聞いた。

「川瀬のことか、大丈夫だよ。人の心配してる場合かよ。自分はアバラ折れてんのに」

「俺は先生の事知らないし何言われても平気だけど、“かわせ”は傷ついてるみたいだった」

「……そりゃ…まあ」


「くに、こないだ、来てくれたのにごめんな」

俺は首を横に振って言った。

「怖かっただろ」

「まじで死ぬかと思った…電話でくにの声聞くまで、状況も良くわかんねえし、しばらく混乱してて」

「わかってる」

「俺本気で身体鍛えようかな…こんなで折れるとかマジ屈辱だよ」

「今から戦闘科編入するか?動物園スキだろれえ」

「するかバカ」


二人で笑った。

笑い声の後で、少し慣れない沈黙があった。


れえを見ると微かに顔を歪めているところだった。傷が痛むのかもしれない。

その表情も俺が見ているのに気付くとすぐ消えた。

「くにと、こんな風に話すの久しぶりな気がする」

れえが遠くを見つめるみたいに言った。

どんな感情で言っているのかわからなくて、その表情をのぞくと何故か焦ったようにれえが俯いた。

陰になっていくらか見えにくい頬が紅潮しているように見える。

熱…上がったか

俺はれえの額に手を伸ばした。


びくりと身体を揺らして、俺の伸ばした手から逃れるようにれえは身体をそらした。

上半身に力がはいったせいで、いくらかアバラに負担がきたらしく、少し痛みに堪える表情をして、それでもれえは俺の方を恐る恐る見上げた。


「体調わるいんじゃねえのお前、たぶん熱上がってる」

「全然平気だ」

「平気じゃねえだろ」


おでこに手を当てると、じんわり熱が伝わる。

それが思ったより熱くてすぐに手を離した。

「ばか、何で無理すんの。ちゃんと横になってた方がいい」

「いい、このままでいい」

「お前な」

「な、くに。今度ゲーム持ってきて、一緒にやろう、途中だったから俺」

「…わかった。持ってくるから」

「あと、あとな……」

「れえ、」

「稲城にノートうつさせてって言っといて。それから」


俺の携帯が鳴った。

メールの着信音だった。


ハッと冷静になったように、れえが言葉を止めた。


「れえ焦って直そうとするな。絶対良くなるから、今はしっかり身体休めて直せよ」

「……うん」

「ゲームとノートな、もって来る」

「じゃあ、な」


ベッドを離れて扉の方に向かうと、背中で音がした。

振り向くと、れえがベッドから立ち上がっていた。

そして


「やっぱ、嫌だ」


そう、小さく言った。





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