第17話

数日、ほぼ学校の行き来だけを繰り返した。

たった数日前に起きた事件が嘘のように、日常はあっという間に通り過ぎていく。


あれから二週間程経った日の夜、そろそろ寝る頃になり突然防犯ブザーが鳴った。

川瀬の寮部屋に何か異常があると鳴るブザーで、KBP本部から支給されていたものだった。

鳴るのは初めてだったし誤動作という可能性もある。


俺は、川瀬の保護観察が決まってから川瀬の携帯に特別ダウンロードされた録音機能を使い、音声受信して異常の確認を始めた。


『なんで…』

おびえて上ずるような、川瀬の声が聞こえた。そして続いたのは木下の声だった。

『一緒に逃げるんだよ』


俺は、インカムで音声を確認したまま自分の部屋を飛び出すと川瀬のいる新棟に向けて走った。



『悪かった。こないだはやりすぎたよ。でもああでもしないと出てきてくれないだろお前。お前そうゆうとこあるよな。へんなとこ頑固でさ』

『なんでわかってくれないんだよ、俺はもう会いたくなんかない』

『は?なに言って…』

『好きじゃなくなったんだよ、もう恋愛感情ないんだ。あんたも俺の傍にいない方がいいよ。俺の傍にいようとするからそんな風にしか考えられないんだろ』

『何勝手な事言ってんの、最初はお前から跨ってきたくせに、俺を狂わせたのはお前だろ!何でそんなこと言うんだよゆずき、お前がいないと死んじまうよ、俺にはお前だけなんだ、なあゆずき』

『やめてよ!!あんたが好きなのは俺じゃない。あんたが作ったあんたの中の俺だろ。そんなの本当の俺じゃない!!』

『……このッ…!!』

『ン……ンン…』

『もう戻れない、傍にいられないなら、……一緒に逝こうな…』

『や、……』


俺はもう、インカムを耳から外して全速力で走っていた。

やっと川瀬の部屋が見えて急いで扉を開けた。玄関で覆いかぶさるようにして川瀬の首を絞めている木下を引きはがし、次の瞬間逃げだそうとする木下を追おうとした、その腕を川瀬に強くひきとめられた。

苦しげな泣き顔の川瀬が大きく首を横に振る。必死に声を出そうとするのにかすれ声すら出ない様子だった。


木下が逃げてゆく激しい足音はしだいに遠のいていた。

強く首を絞めつけられた川瀬は、しばらく大きく咳き込みそれでも声にならない声で何かを叫んでいるようだった。

それをどうにか落ち着かせたくて、背中を撫でるけど、まるで興奮は収まらない。

次第にほんの少しずつ取り入れられた酸素が、川瀬に声を戻し始めたけど、声がでるようになると川瀬の方の興奮は更に高まった。


「ひで…よ…と…さんもかあさんも……あいつも!!なんで勝手に俺を連れて死ぬとかいうんだよ…俺の意志なんて関係なしに当たり前みたいに!!俺は死にたくなんかない!勝手すぎるよ…!!」


そう言葉に出しきると、川瀬は大きく声を上げて泣き始めた。

あまりに不憫で、

俺はまだ息荒く泣き続ける川瀬を、自分の腕に抱きこんで背中をゆっくり撫でた。

「……れ、…こ…」

「しゃべんなくていいから、ゆっくり息しろ」

「…おれ、……また……貸しつく…った」

「貸しとか言うな」


次第に、落ち着き始めた川瀬はまだ少しかすれた声で、力の入りきらない身体のまま静かに話し始めた。

「両親が、借金残して蒸発したって言ってたでしょ。あれ、半分嘘なんだ。」

「嘘?」

「一家心中しようとしたの。父さんが家を燃やして、母さんに首絞められた。ひなと必死に逃げて、両親とも奇跡的に助かったんだけど、今は施設にいて…」


そこまでを冷静にどこか人事みたいに言っていた川瀬は、そこで言葉を詰まらせた。


「俺たちとは、……あ、会いたくないんだってさもう」



どうしてやる事もできない俺は、川瀬の頭に手をやり、しっかり落ち着くまでずっと背中をぽんぽんと叩いて慰めてやる事しかできなかった。


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