第15話
木下の指定した南倉庫に着いて、鍵の朽ちた扉から倉庫に入ると、
長く使われていないのか、埃と染みついたカビの匂いが鼻をついた。
薄闇の中に人影が見えた。木下だ。
「れえ出せ」
「柚稀が先だ」
この部屋のどこかに、れえがいるのか。
床にはダンボールや何かわからない機材が置いてあり、机や椅子が積み上げられている。薄暗い倉庫の全体像はつかめない。
木下がハッと顔色を変えた。俺の後ろで、外で待たせていたはずの川瀬が木下と対峙していたからだ。
「川瀬外出てろ」
俺が押しやろうとしたのを、川瀬が懸命に首を横に振って拒否した。
「ゆずき…!来てくれたんだな」
「ヒロ…もうやめてよ。関係ない人、巻き込まないで」
「俺だけが悪い事してるように言うんだな。俺だってこんな事したくない。こんな事俺にさせないでくれよ。なあ、柚稀、俺が忙しくて構ってやれなかったからこんな事になったんだよな?お前は裏切ろうなんて思ってなかった。そそのかされただけなんだよな」
「…違う、俺は俺自身の意志であんたから離れたんだ!」
半分叫ぶみたいに言った川瀬の言葉に、興奮した様子で木下が怒鳴った。
「おい、自分を俺なんて言うのよせ!!嫌いだって言っただろ!!」
「もういいだろ、川瀬どいてろ」
「五嶋お前のせいだ。柚稀が変な事言いだしたのも、俺がこんな事しなけりゃならないのも…」
そうやけくそみたいな言葉を吐きながら、木下が微かに姿勢を傾けた。
かと思うと、その腕に引き上げられるようにして、れえの姿が見えた。
薄闇ではっきりとはわからない。
だけど、見える限りでも口からの出血がある。引き上げられただけで痛みを感じる程の負傷なのか、悲鳴みたいにあげた声は紛れもなくれえの声だ。
「れえッ!!」
「殺してやる!!めちゃくちゃにし…」
木下の言葉の途中で、俺は障害物を飛びこえて勢いよく木下にぶち当たると、そのまま木下に馬乗りになって何度も殴った。
「国彦!止まれ!!」
背後でロミオさんの号令のような声が聞こえて、それでやっと腕を止める事が出来た。
殴りかけるその手を止めても、身体が怒りで震えていた。
そんなある意味異常な俺に、近くにいたれえがおびえてんのがわかる。
見なくたってわかる。
しばらく俺は荒い息のままその場から動けなかった。
重装備の隊員が木下を包囲するように倉庫に集った。
この倉庫に向かう前に万一を考えて連絡をしていた為、ロミオさん率いるKBPの隊員が駆けつけてくれていた。
気を失った木下が、タンカにのせられ自分の眼の前からいなくなってしまっても、徐々に視界はクリアになって冷静な感情がいくらか戻ってくるのに、震えが止まらない。
混乱してる中、急に左ほほをはたかれて俺はようやくハッとした。
「おーい、しっかりしろ。どんな状況であろうと我忘れんな。かっこわり。」
いつもの調子のロミオさんの声でだんだん心が落ち着いてくる。
「ロミオさん、れえ…」
「安心しろ、今病院行った」
それから俺の目前に川瀬を連れてくると「この子はお前がちゃんと連れて帰れ」
と言い、傍に控えていた隊員にその他一切を任せると足早にその場を後にした。
傷ついて弱ったような川瀬を見て、俺の震えはやっと止まった。
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