[礼の心]8


……痛ぇ…


あれから何時間経った?

それとも、数十分くらいのもんなんだろうか…


くそ、あばら、多分やられたな…息する度痛い

辺りは静かで誰もいない

ここ、倉庫…か?

古びたコンテナや、乱雑に置かれたダンボール、机、どれもサビついていたり朽ちて埃がたまっていて普段から使われている感じはない。



ここでこうして目が覚める前の事で思い出せるのは

今朝、寮から学校に歩いていた時の事だ。

車から見知らぬ男に話しかけられた。

車内は暗くて、しかも運転してる男は目深にキャップをかぶっていて表情が見えない。

『この先の学校の生徒だよね?学校に用があるので、ちょっと道を教えてくれませんか?』

俺が道を指し示そうと男から目を離した瞬間に、右わき腹に激しい衝撃がありすぐ体中が痙攣するように、自分の思う通りにならなくなりその場に倒れこんでしまった。

何が起こったかわからないまま、それでも必死に見上げると、スタンガンがもう男の手から離れる所だった。

次の瞬間、何かキツイ薬品の染みた布で口を覆われ気を失った。

そして、気付いたらこの倉庫で身動きが取れなくなっていた。


あんな怪しい状況で俺バカだ

今更悔やんでも遅いってわかってても

自分に対してイラつくしか今は仕様がなかった。

どうやら身体もしばらく思うように動かせそうにない



「目が覚めたか」

目の前に現れたのはどこか見覚えのある顔で、記憶をさぐりながら更にじっとその顔を見た。車の中にいた時は目深にかぶった帽子で見えなかったし、不精髭を生やし少し痩せた様子だったので人相はまるで違うけど、どうやら学校ですれ違った事がある気がした。


あ…この人…教師だ。


「先生…?なんで」

そう俺が問うと既に奪われていた俺の携帯電話を俺の目前に翳して言った。

「ロックを解除しろ。言われたとおりにしないと殺すからな」

そのままスタンガンをこめかみに押し付けてくる。

俺は、暗証番号を先生に伝えた。



先生は、そのままロックの解けた俺の携帯をしばらく操作しながら、何か見つけたのかしばらく手を止め、それから俺の耳元に何も言わずに携帯を押し当てた。

携帯から聞こえる発信音が2、3度鳴ってから途切れた。


『もしもし』


電話越しに声を聞いただけで、名前を聞かなくてもわかった。

くにひこ…

少しの間声が出なかった。

こんな状況なのに、何故か緊張と興奮とは違う不思議な気持ちが流れ込んで胸がつまった。

それでも声を出そうとすると涙が出てきそうだった。


『れえ?』

そう、心配そうに呼ばれて俺は声が出るかわからないまま、国彦の名を呼んだ。

その瞬間耳元から携帯が乱暴に離れたかと思うと、そのまま力一杯携帯ごと頬を打たれた。

一瞬何が起きたかわからず、打たれた頬の痛みに耐えるのに精いっぱいでそれどころじゃなかったけど、次第に興奮した先生の声が耳に入ってくる。

「お前のせいで俺はめちゃくちゃだ。いいか、海岸沿いの南倉庫にいる。誰にも言わず、柚稀を連れてこい。一時間以内だ、そうしなければ、こいつは殺す」

言い切り携帯を床に投げたかと思うと、先生は興奮したまま俺の前髪を掴んできた。

痛めたアバラにわざと響くところに、強くスタンガンを押し当てられて、俺はまた気を失った。


気が落ち切ってしまう間際、先生の「恨むなら五嶋を恨めよ」という言葉が微かに聞こえた気がするけど、

それからはまた、意識が混濁してしまった。



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