reflect.――礼
8年前
7歳の頃、一度派手に家出をした事がある。
ずっと気になってることがあった。
俺の家は、母さんと俺の二人暮らしで、産まれた時からそうだった。
だけど母さんが働きに出たのは一度も見た事がない。
それどころか、物ごころついてからひもじいと思った事は一度も無いし、家も借家でなく俺が3歳の頃建った一軒家の持ち家だった。
俺に父親はいない。
いないわけがないと気付いた7歳の冬、学校に行くふりして自分の父親を探しに行った。
住んでる場所も名前も、生きてるかさえ分からないのに、そうしないといられなかった。
誰にも言わずに一人で行った。
バスを乗り継ぎ見た事の無い街並みを眺めても、誰かとすれ違ってみても、
当然俺自身や俺の父親を知っていて話しかけてくれるような人いるわけがない。
結局途方に暮れて家に帰った。
学校からの連絡であたりを探しまわっていた母さんは、俺が戻ると泣いて怒った。
だけど、俺はどうしても知りたかった。
「俺の父さんてどんな人」
「礼ちゃん…お父さんを探しに行ったの?」
「………」
「ねえ、礼ちゃん。家族はお母さんと礼のふたりだけ。それじゃだめかな?」
ちがう
母さんにこんな悲しい顔させたかったわけじゃない
途端に涙が溢れて止まらなくなった
行き場のない苛立ちと言葉にできない感情が込み上げた。
俺はそのまま踵をかえして家を出た。
誰にも追い付けないように走って走って、そして子供にしか潜れないような抜け道も使った。
無我夢中でどんな道を通ったかわからないけど、
しばらくして雨が降ってきてすごく寒かった事は鮮明に覚えてる。
そして俺は、地域の中学校の裏山に登り雨を凌いだ。そこは、1度だけ行ったことのある秘密の場所で、草木で荒れていて人が寄り付かない静かな山だった。
丸く木々が囲むようになった小さな広場には、ゾウとキリンのモニュメントのような遊具がある。
どっちもだいぶ朽ちていたけど、ゾウの遊具には雨風をしっかりとしのげるようなスペースがあってそこでしばらくじっとしていた。
コンクリートで出来たそのゾウの腹の中は、外の世界から少し隔絶されてるみたいで、
激しい雨音もどこか優しく響いていた。
その音を何を考えるでもなくただぼんやりと聞いていたら、
足音が近づいてくるのに気づいた。
「れえ」
懐中電灯で照らされて眩しくて目を閉じたら、俺の名を呼ぶ国彦の声が聞こえた。
国彦はカッパから水を滴らせながら俺に近づくと、大きく「バカ!」と言った。
ムッとした俺の腕を痛いくらいつかんで
「なんで俺になんも言わないんだよ。バカれえ」
と続けた。
なんでか恥ずかしさも怒りも飛んでいってしまい、抵抗なくぱたぱたと涙が落ちたけど、その事に自分で気づく前に国彦が俺をぎゅっと抱きしめた。
その馴れない圧迫感が心地よくて、俺もぎゅっと国彦に抱きついた。
寒かったし何より寂しかったからだけど、
不思議と不安と苛立ちが魔法みたいに消えた。
しばらくして少し身を話すと、国彦の方が少し気はずかしそうに
「涙が出そうな時は言って。俺もうお前の傍にいる」と言った。
俺は小さく頷いた。
国彦は、雨ガッパを脱いで担いできた大きなリュックからお菓子と、タオルを取り出した。
それから俺は国彦に全部を話した。
父親を探しに行ったこと。
何も見つからなくて途方にくれたこと。
母さんの言葉。
どうしていいかわからない気持ちも。
全部国彦は黙って真剣に聴いていた。
今ならわかる。
あの時の俺は自分が望まれて産まれてきたわけじゃないんだとどこかで思っていたんだ。
母親の愛を感じない日はなかったのに。
贅沢かもしれない
でもそんな気持ちも、言葉にしてないのに国彦は全部受け止めてくれた。
そう感じた。
国彦は家から持ってきた貯金箱から貯めていたお金を出した。
多分一万円もなかったと思う。
だけどその時の俺たちには大金で、これでしばらくは暮らしていけるなんて思っていた。
もちろん、夢みたいな話をしたいだけで、現実的になんて考えてなかったのかもしれない。
ふたりで作戦会議みたいにこれからの事を話し合った。
どうやって父親を探すか、
どの街にいそうか、
見つけたときは、まず変装して尾行しよう。
そんな話をしてるうちに、俺はいつのまにか笑顔になった。
気づくと雨はやんでいて、ふたりで外に出ると
雲はいつのまにか退散して夜空には一面の星が煌めいていた。
寒くて1度濡れた身体が凍えたけど、そんなの関係なくなるくらいずっと見ていた。
なにより国彦の手袋した手が俺の手をつかんで暖かかった。
「れえ」
「ん」
「もう俺に内緒で突然いなくなんないで」
「……うん」
「俺がれえの事守るから」
言われた直後に強い風が吹いて、
俺たちは慌ててゾウの中に戻った。
ゾウの中もヒンヤリしてたけど、
国彦が持ってきたカイロを張って、ふたりでタオルケットに包まると、かなり暖かくなった。
そうして眠ってるところを、明け方近くに大人たちに見つかり、
家まで連れられた俺たちの前に心配してた親たちが駆け寄ってきた。
国彦は国彦の父さんにめちゃくちゃ怒られた。
俺は母さんが泣きながら謝ってぎゅっとだきしめられた。
謝んなきゃいけないのは俺なのに
涙が出たのと同時に、家に入る前国彦と目があった。
れえの事守る…
そう言ったあの時と同じ目で、俺を見ていた。
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