第9話
俺は、何が起こったかわからなくてただ呆然と立ち尽くしていた川瀬の手をとり、川瀬の寮部屋が入っているまだ使われていない棟に走った。
川瀬の足がもつれるので、途中から抱き上げて走った。
使われてない部屋に入り中から鍵をかける。
さっきの奴が起きてきて、川瀬の部屋を知ってる場合も考えた。
まだ、ベッドすら入ってないまっさらな部屋は真新しい新築の匂いがした。
静かな部屋には俺の鼓動と荒い吐息だけが響いている。
しばらく玄関で動けずにいたら川瀬が俺の腰の辺りを左手で探り始めた。
何がおきて誰が隣でハアハア言ってんのかわからないのだと、俺はその時になってはじめて感づいた。
「川瀬、大丈夫か、」
「....くにひこ、さん?」
声だけでは確信が持てなかったか、すごくおそるおそる聞いてくる。
「ああ」
「なんで?」
「なんでって、おまえ様子がおかしかったから」
「うん、でもなんでこんな」
「おまえ目ぇどうした?ん?」
顔を両手でとらえて両目をのぞき見ても、川瀬の目はうつろなままだった。
…と思ったら、川瀬の左目からぽろりと涙がこぼれた。
「川瀬…?」
「いつもああゆうことしてんだよ。俺。がっこでできないときは街で客とるの」
「うん…?」
「全然、ヘイキなんだよ。けど、なんでか、今日は辛くて」
「どうした?顔、またあの教師か」
聞いてる途中で川瀬が俺の首もとにぎゅーっと手を回して抱きついてくる。
ぐったりと体重がかかる。
「助けてくれたの。騎士様みたい」
精一杯おちゃらけながらも、今はもう川瀬は俺の右肩に首を預けて泣いていた。
鼻をすする音が、不思議と年相応で、俺はそれが不憫で落ち着くまで震える背をぽんぽんと叩いてやった。
ふと、落ちてる薬の袋が目に入った。
さっき川瀬が進めてきた薬だった。俺はそっとその薬をポケットに入れた。
「あの教師も客の一人ってことか?」
「ちがう。いろいろ…面倒みてくれるんだ」
「その目も教師がやったのか?こんなんする男からは離れたほうがいい。ここ出れないのか?お前実家どこ」
「戻れないんだ」
「なんで」
「借金してんの。引くくらい大金の」
川瀬は乾いた声で言った。
「ちゃんとした借用書じゃないけど、だからやっかいで。親が蒸発して、俺と幼い妹に借金残っちゃったの。妹にウリさせない代わりに俺がおれを売るんだ。ぜんぜん辛くないし、気持ちいいのはスキだし。金は手に入るし、オトコは簡単だし、上のヒトからすごい薬貰える。報償金もでる。ぜんぶうまくいく。国彦さんもみんなとおなじ、いい鴨だよ。」
言葉と裏腹に、痛いくらい首に回る腕に力がこもってくる。
「みんなと同じだよ。ばかみたい、そんなおれを助けるなんて」
俺は、息の浅い川瀬の背中をただただぽんぽんと叩き続けた。
そうすればそうするほど、不思議と川瀬の声は上ずるようだった。
「おれの事好きにならせて、いっぱいかね巻き上げるつもりだったんだよ。先生も生徒も誰でもよかった....」
「うん」
「....なんで、怒んないの」
「なんでって、なんでだよ」
「怒ってよ、おれ、ひどいこと言ってる」
背中を殴られたけど、ぜんぜん痛くない。
「怒れるかよ、こんな弱ってんのに」
川瀬が静かになった
かと思うと、首すじからあごにかけて、熱い熱が探るように移動した。
「コラ、川瀬」
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