[礼の心]7

暗く静かになった部屋で目が覚めた。

目の前に兄ちゃんが寝てて、その奥に先生の背が見えた。

真っ暗で、身体はふわふわくらくらしてる。


あれ?これ、兄ちゃん?

近いな、

って思うのと同時に、

兄ちゃんのTシャツの裾をにぎったままの自分の右手が汗ばんでるのに気づいた。


ずっと、握ってた、んだ


と思うと、離した右手が所在なくなって、すごく寂しくなった。


『俺がいなくなっても大丈夫だろ?』


って言葉を思い出してこどもの時してたみたいに、無意識にぎゅーっと兄ちゃんのTシャツを両手で掴んで、兄ちゃんの胸に顔を近づけて丸まった。

それで、気持ちがすごく安心したからまた、眠気がぐんと迫ってきたところで、瞬時に引き戻された。

グイッて肩を抑えられて、ほんの一瞬引き離されたと思うと、兄ちゃんの体がぎゅーっとさらに近づいて抱き込まれる形になった。



くらくらした頭のなかでは、なんだか自分が昔に戻ったようで、違和感は感じなかった。

そこでまた深い眠気がきて、俺は朝までぐっすり眠った。




俺が朝起きた時には、先生は着替えなどのこともありすでに学校に出勤してた。

少しぼんやりしてる俺は、兄ちゃんが出してくれたパンと牛乳をただもくもくと口に運ぶ。


昨晩眠った時の記憶がない。


なんか、ねぼけて兄ちゃんにぎゅーっとやったような気がするけど。

その記憶すらあやふやで。

夢のような気もするし頭もぼんやりしてるから、

まぁいいか


「兄ちゃん、俺の制服」

「おお、まってろ」

兄ちゃんが制服かけといてくれたみたいだ。それをうけとって着替える。


玄関を出る時兄ちゃんに引き止められた。

「礼リボン曲がってんぞ」

「あれ?」

「貸してみな」



兄ちゃんは正面から、俺の首もとのリボンをぎゅっと結び直してくれた。

「これでよし」

「ありがとう」


それからバイクのタンデムに乗って学校まで送ってもらった。

降りてからメットをにいちゃんに渡すために振り向くと、兄ちゃんは俺の頭にぽんと手をのせた。


「じゃあな礼、ちゃんと勉強しろよ」


よかった。兄ちゃんなんか普通だ。


ずっと、こんな感じでいたいな

兄ちゃんが結婚しても。

って思いながら校門に向かって歩いてたら兄ちゃんが背中から呼び掛けてくる。


不意に声をかけられふりむくと、兄ちゃんの顔が思ってた以上に近くにあって

驚く暇もなくぐいっと距離をつめられた。

右ほほに柔らかい感触があって離れてからしばらく呆けてたけど、



ん?なんだこれ。

「離れがたいな」

「にいちゃんなに?」

「何って、れえのほっぺたうまそうだから」



にいちゃんは俺の頭を撫でながらじーっと見つめてくる。

つか、俺ほっぺにちゅーされた...?

うでひっぱられる、と、うわっっ

抵抗、できね、、

「かーわいーな礼。」

「にいちゃん!!!」

「夕べみたいにぎゅーっとさせろ」

「あっあれはっっ、はなせっってば!!」


やっと俺をはなした兄ちゃんはすげー余裕の笑みで、俺は混乱してくる

兄ちゃん、なに考えてんのかわかんね


俺はにこにこ手を振る兄ちゃんを背に、教室にいそいだ。

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