[礼の心]4

「柏原の部屋にいるんだと思ってたけど、違うの?」

「俺の部屋?…そっか、ありがとう!」


そう稲城に言って、国彦の寮部屋を後にした。

俺の部屋にカードキーを照らして入ると、同室の百瀬がパソコン机から眠そうにこちらを振り向いた。


「よお、遅かったな」

「あれ?くに来てない?」

「あー五嶋、さっきまでゲームしてお前待ってたけど。でもソレ渡したかっただけだからって」

「それ?」


俺のベッドには、貸してくれるって言ってた新作の格ゲーが置いてあった。



「さっきって、どれくらい?」

「うーん、20分くらいかな?覚えてないけど。」

「…わり、ちょっと散歩」

「今から!?絶対消灯時間過ぎるぞ!怒られるって」

「大丈夫すぐ帰る!」




20分か…自分の部屋に戻ったなら、さっきすれ違ってるはずだ。


他にくにが行きそうなとこってどこだろう


大浴場、下駄箱、真っ暗な屋上、回ったけど国彦はいなかった。

もとより、こんな消灯時間ギリギリにすれちがう生徒はまばらだ。


そりゃそうか

もうきっと国彦も自分の部屋に戻ったよな。

諦めて自分の部屋に戻ろうとした時、廊下の窓越しに見た中庭のベンチに人影が見えた。

国彦だ。


とは言え心もとない外灯は薄暗くて

はっきりとは確認できない。

どうやら、一人じゃない。

ベンチへ腰かけた国彦の前に、見た事のない男子生徒が立っている。


俺は、思わず歩を早めた。

大声で呼べば気付く距離だけど、夜の静けさがそうさせてくれなかった。

それがもどかしくて、俺はもう走りかけていた。



だけどその足は、思わぬタイミングで止まってしまった。


その誰かわからない生徒が腰をかがめ、国彦に顔をよせた…


その様子を確認して、

俺の足は、

国彦にまだだいぶ距離をおいた位置で完全に停止してしまった。



しばらく

…いや、ものすごくはやい瞬間だったかもしれない。


無意識のうちに俺は自分の寮部屋に踵を返した。


あれは、


いや

見間違いかもしれない

そもそもくにじゃなかったかもしれない。


だけど鼓動が高ぶって、おさまらなかった。

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