第5話

寝ぼけているのかちいさな唸り声をあげて

何かもごもごと言葉を発したような気がして

俺は耳をすませた

「いや、だ…」

「…何」

シンと静まりかえった部屋には、稲城の寝息しか聞こえない。

息だけの言葉ですら、その静寂の中では強すぎる気がする


「かな…いで」

「…れえ」


「にいちゃん…」





あまりに一瞬で


脳内を強く駆け巡った想いを

混乱している頭が何度も反駁していた

俺はあわてて部屋を出た。



急に鼓動が早まったせいで息が切れている


今、

何した俺…


れえが起きたらどうしたらいい

いや、起きたかもしれない


れえの首元にかみついた……


一体どのくらいの強さで…?

わからない

自分でも把握できないくらいあまりにも唐突で


こらえたと思う

痛くはなかった…

はずだ

いや、わからない


思い切り噛んだかもしれない



なんだこれ、


危なすぎるだろ…こんな暴走するなんて

考える余地すらないなんて



しばらく扉に背をあずけてじっと息を整えていたら

記憶が少しずつではあるがクリアになってくる



俺がれえの方に身体を傾けて、声を聞こうとしたときに

れえが俺の右袖をとって強く握りしめた

けど俺じゃなくロミオさんの事を見てるとわかって一気にタガが外れた



だんだんと落ち着いてきた頭が、

れえを傷つけていたらという不安に切り替わっていき

俺は半分恐る恐る扉をあけた


そこには二つの静かな寝息があるだけだった。

れえに近づきさっき噛みついた白い首元を見たけど

暗くてどうなったかはよく確認できなかった


れえはまたすっかりと深い眠りについているようで

かすかに安心した俺はふとんに入りはしたけど

当然のごとくそのまま眠る事は出来なかった。




翌朝、


と言ってもあれから一睡もできなかった俺は、

二人がまだ眠ってる間に用意をすませて

早々に部屋を出た



学校の屋上でボーッと時間をつぶそうとベンチに腰かけたら

倉庫の裏からひそひそ話声が聞こえてくる


先客か…ま、いいや

知ってる奴かもしれないから寝たフリしよう


…て思ってたら

倉庫の影から見慣れた姿がひょこっと飛び出した


「あれあれーっくにちゃん!早いね」

「…牛くん…」

「ちょっと…やめて…そのあだ名」

「お互い様でしょ」

牛くんこと、れえのバスケ部の先輩で元嘘恋人の松坂先輩

今日もかーわいい白ラン連れてる

朝から盛ってんな…




はー…今の俺、人の事言えない



「せんぱいだれー?友達?」

「うん五嶋君てゆうの。みーたんと同い年だよ。戦闘科」

「戦闘科ー!?同い年に見えないよカッコイイ」


…て俺にまで愛想ふりまいてくるよ、みーたんが…

上目使いでありえない距離に飛び込んで来る


「こぉらみーたん!五嶋君は好きな子いるんだから」

「えーっザンネン」


「ほらみーたんそろそろ委員集会の時間でしょ。遅れちゃうよ」

「にゃ~っ本当だっまたねゆうせんぱい!ごとー君っ!」


にゃー…て……



「カワイイな~みーたん♡」

「…好きっすねー」

「くにちゃんだってカワイイの好きじゃん」

「いや、れえは…カワイイつうか…」


そりゃ、と比べられないくらいカワイイけど

そこまで考えて、俺は深いため息をついた。

そんな俺がいつもと違う風に見えたのか、牛君が俺の顔を覗き込んでくる。


「くにちゃん…何かあったの?」

「そう見える?」

「うん。」


チャラけてて、どうでもよさそうにしてんのにな

牛くんは意外と繊細な事に気付く


「…チューしちゃったとか?」

「や、嫉妬して噛み付いた」

「噛……ッ」

「もし痕が残ったりしたら」

「嬉しいね!!」


…いや正直

…そうだけど


好きだって痕をつけて

俺のだって言いたい

俺のもんにしたい


だけどそんな振り切った嫉妬と独占欲なんてただの暴力と同じじゃないか


「だから反省してる…」

「一度気持ちを伝える時期なのかもね」

「え」

「もう気持ちいっぱいでしょ。フラれるならきっぱりフラれて俺と付き合えばいいし」

「牛くんはねえわ…」



気持ちを

伝える……?



どんな顔をするんだろう

どんな態度をとるんだろう

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