くるっていったのに
加田シン
くるっていったのに
来るって言ったのに気づかなかった。なんで?
「おっすー入るねー」
「あれ?今日遊びにくるって言ってたっけ?」
「メールしたじゃーん。ビール買って来たよアサヒ」
「あぁ……ありがと」
僕は小学校からの親友のハルキを家に迎え入れた。ローテーブルにコンビニ袋を置き、一本を僕に手渡しもう一本を自分でも開けてごくごくと飲み出した。勝手知ったる他人の家と言わんばかりに、勝手にテレビを付けて歌番組を流し始める。
「なーなーこのアイドルの中だったら誰と付き合いたい?」
「真ん中の髪長い子、かな」
「えーこんなんがいいのー?俺は右から3番目のボブの子だなー」
ハルキはつまみでも作ろうか?と言うとさっさとキッチンに立ち、冷蔵庫を開ける。キュウリとベーコンをフライパンで炒めたものを手早く作ると、戻って来て食べようぜと僕に勧めた。塩と胡椒がきいていて美味しい。ぼうっとテレビを眺めながらだらだらとビールを飲む。昼間から飲むビールは背徳的なことをしている気分になっているせいかよく回る。
「今日さ、何で来たの?」
「何でってお前と遊びたかったから。あ、テレビつまんない?ゲームする?」
「いや、昨日だよね。俺の彼女とお前がラブホテルから出てくるとこに遭遇したの」
「うん」
「別れたよ」
「おー、そうなんだ」
殴ってやろうかと思ったが、ニコニコしているハルキに手を出す気になれなくて行き場の無い手を床に叩き付けた。
前々から『お前の彼女がハルキと一緒にいるところ見たぞ』というリークは複数人から受けていた。親友を疑うようなことも彼女を疑うようなこともしたくなかったが、繰り返される忠告という名の下世話な好奇心の目に耐えきれず僕は数日にわたって彼女を尾行した。何もなければそれでいい、祈るような気持ちで。結果としては黒も黒、真っ黒だったわけなのだけれど。
「……俺たち、親友だよね?」
「勿論!」
「何で、俺の彼女に手ぇ出したの?」
「あの女がいなくなれば、二人でもっと遊べるなーと思って」
「お前が大事なものって何?」
「そりゃ親友のお前だよ」
「だったら、親友の俺の気持ちもっと考えるよね?」
「そこはあんまり」
缶ビールを握りつぶしそうになって我にかえる。どうしてここまで無邪気なフリができるのだろう?自覚のない無邪気が人を傷つけることを、二十歳を超えた僕たちはもう知っているはずなのに。
「……友達ってなんだろうねぇ」
「仲いいことでしょ?深く考えるのよくないよ!」
「マジで殺したいんだけど」
「そーりゃ無理だぁ、だってお前俺のこと友達だと思ってるもん」
「無理でも殺す!絶対殺す!本当に!」
「むーりだって。十年来の親友よ?」
「親友だけど!無理、かもしれないけど!呪う!最悪呪う!」
「呪うくらいなら、まぁ全然いいよ、うん」
「マジ何なのお前!意味わかんねぇよ!」
「世の中意味のあることのほうが少ないんだよ?」
「はぁぁぁぁぁ!?」
この場において何でこいつが何だかもっともらしいことを言うんだ。ヒートアップする僕に変わらずハルキはニコニコと対峙している。はっとした顔で、ハルキは真面目な顔になって僕を見据えた。
「思い出した!俺お前のこと傷つけたかったんだ。そうだそうだ」
「……は?」
「こーゆーことしてさぁ、お前のことめちゃくちゃに傷つけて一生残る心の傷になれば、俺のこと死ぬまで忘れないじゃん」
「……何言ってんの、お前」
「絶交して会わなくなって疎遠になって、それでもこんなことしたら俺のこと忘れないでしょ?新しい女ができて、例え結婚しても、それでも」
無邪気という皮を被った、狂気。
僕はいつしか全身に嫌な汗をたっぷりとかいていた。
無邪気な大人なんてこの世界に存在しない。するとしたらば、それは——
「……狂っていったのに気づかなかった。なんで?」
「何それ、わかんねぇ!」
くるっていったのに 加田シン @kada-shinn
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます