第28話 映画『帆太郎伝』①
舞子は映画『帆太郎伝』に出演するため、馬場正子とともに空路、ロケ地である熊本に向けて飛び立った。
「そういえば、肥後くんの出身地も熊本だったわ」
舞子がつぶやく。自然と笑顔がこぼれる。
「えっ、なに?」
正子が尋ねる。
「ううん、なんでもないの」
そう言った舞子は少し赤面した。
ロケ地には広大で豪華なオープンセットが作られていた。監督の三ツ池はリアリティーを追求する男だ。なので、CGの使用は最小限に抑え、なるべく実写で行こうとしている。その性格というか信念がプロデューサーや出演者を困惑させる時もある。例えば、三ツ池は「大型の帆船を八隻作ろう」と、とんでもなく無茶な提案をした。
「監督、船を八隻なんて造ったら、それだけで予算オーバーですよ」
プロデューサーの
「ああ、そう。ダメなの?」
三ツ池はとぼけた顔をした。そして、
「じゃあ二隻」
と妥協案を出してきた。
「二隻……二隻ですね。じゃあなんとかしてみましょう」
牛島は折れた。
三ツ池の無茶な要求は出演者にも及んだ。
「主要出演者は、乗馬、弓矢、殺陣が完璧にできるようにする事。できれば馬上で弓矢が放てるようになる事。流鏑馬だな。スタントマンは絶対に使わないからな」
出演者たちは驚いた。これもリアリティーを追求する三ツ池らしい要求だった。出演者の中には時代物、初挑戦の者もいる。当然、乗馬は初体験だ。山下浩二などは落馬して、右腕を骨折し、映画を降板することになった。結局、男性出演者が乗馬、弓矢、殺陣をマスターするのに三ヶ月かかった。
舞子にも髪を伸ばすように要求があった。舞子はセミロングだったのだが、軽くウェーブがかかっているため、時代物にはふさわしくない髪型になった。
「じゃあ、ストレートパーマをかけなさい。足りない分は付け毛でなんとかしよう」
三ツ池は命じた。カツラにリアリティーを感じない三ツ池はあくまでも自毛にこだわった。
ようやく撮影が始まった時には季節が夏になってしまった。炎天下の中、初日がスタートする。
三ツ池は『順撮りの三ツ池』というあだ名がつけられている。普通、映画は進行の順に関係なく、出演者のスケジュールなどを考慮して、撮れるシーンを優先に行うのだが、三ツ池は台本の順番通りに撮影するのだ。これまたリアリティーの追求である。こうすると出演者の拘束時間が長くなるので、みんな文句たらたらだったが、三ツ池は空手四段の実力がある。だから、三ツ池に正面切って不満を言うことは誰にも出来なかった。
舞子の出番は物語の中盤以降である。だから、別にロケ地に急いでくる必要はなかったのだけれど、
「映画の雰囲気に慣れておきたい」
と言って、クランクインから現場に入り、他の出演者たちの演技を見学していた。
★★★
物語は平安末期の坂東(今の関東地方と伊豆半島)からスタートする。帆太郎の父、
光明には野望があった。坂東を都の朝廷から独立させ、独自の
しかしである、光明の異母弟、
折しも、相模の館から、光明に待望の赤子が生まれたとの報が舞い込む。敵は安房一国と甘くみた諸国の国司は光明に帰国を勧める。その好意を受けて、光明は相模に帰国する。同じく次郎水盛も帰国をねがい出る。光明は反対したが、諸国の国司は賛成しこれを認めた。その際、光明は兵卒を国司らに託し、五人の大将格の武将だけを連れて帰った。一方、次郎水盛は他の弟たちと兵卒を連れて一足、光明に遅れて帰った。
相模の館に着いた光明はまず、妻の
それを聞いて、光明は静かに言った。
「次郎……」
蒼褪めた顔で光明が口を開いた。
「はい」
「次郎は俺が好きか?」
「武士として尊敬しております」
「その武士とはなんだ」
「朝廷、公家を守り、民を守る者と存じます」
「では朝廷、公家とはなにか」
「国を治める者……」
光明は次郎水盛の言葉を遮った。
「民は別に国を治める者など必要ない。逆に国を治める者は民が必要なのだ。大事なのはどっちだ」
光明は詰問した。
「……民です」
次郎水盛は答えた。
「それが分かっていながら、朝廷に寝返るとは兄として次郎、お前を許せん」
そういうと光明は立ち上がり、剣を抜いて次郎水盛の左腕を斬った。
「な、なにを」
そう言って立ち上がった次郎水盛の右足を今度は斬った。
「許せんが、弟ゆえ命だけは許してやる。ここから消え失せろ。この者を外へ放り出せ」
次郎水盛から流れる、大量の血。
次郎水盛は光明第一の家臣、
「次郎兄者がやられた。太郎兄者は気が狂われた。攻め込め!」
すぐに大吉夫婦が赤子を連れてやって来た。
「殿、なんだこの大変なときに」
珍しく大吉は気が立っていた。館が敵に襲われている時だから仕方あるまい。
「こんなときだが、おときさん。お前に我が子帆太郎の乳母に成って貰いたい」
大吉の妻、おときに光明が頼んだ。後ろで明子もうなずく。
「こんなときに、なに言ってんだ殿様。早く逃げろや」
「もう無理だ。俺は鬼になって戦い、そして死ぬ。明子も死ぬ。だが、我が子は可愛い。だから逃がす。その手伝いをして欲しい」
「なら、おらも戦って死ぬだ。一緒に戦う」
大吉は叫んだ。
「駄目だ。お前には産まれたばかりの赤子がいる。おときさんは乳が出る。乳母にぴったりだ。帆太郎を育てて欲しい。大吉はそれを見守ってくれ。お前は心優しい猛者だ。お前に鍛えられたら帆太郎は一廉の武士になれる。そうしたら、我が無念を帆太郎が晴らしてくれる。そう信じる」
光明は心から頼んだ。
「あたし、帆太郎様を育てる」
おときが叫んだ。
「でも館の周りは囲まれているだ。逃げる事なんか出来ねえ」
大吉が喚く。
「安心しろ。湊までの隠し道が作ってある。そこに小型の船が一艘置いてある。それを使って奥州に行け」
「その船に殿は乗らねえのか」
「無理だ。それに向こうは俺の
光明は帆太郎を抱いて大吉に託した。帆太郎は泣かなかった。
光明は佩いていた剣を大吉に渡す。
「これを形見の品としてくれ」
それを受け取った大吉は、おときと赤子を連れ部屋を出て行った。
「さて、後は死ぬまで敵を切りすてるのみ。明子も覚悟せい」
「はい」
光明は甲冑を身につけ刃こぼれしてもいいように六本の剣を用意して門に向かった。
★★★
序盤の撮影が終わった。舞子はその一部始終を食い入るように見た。四国源太郎の重厚な演技、悪役である東村雅彦の一癖も二癖もある表情。どれもがたいへんに勉強になった。しかし、自分の出番はまだまだ先である。
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