第27話 映画出演

 其田は舞子についてしまった“怪演女優”のイメージを払拭したいと考えていた。あくまでも舞子には清純派女優であって欲しかったからだ。そのためには青春もののヒロインを演じるのが一番だと考えた其田は奔走して、そういう仕事を得ようとしていた。最近の映像作品には女性向け漫画を原作にした青春群像劇が数多くみられる。オリジナリティーには欠けるが、舞子の持つ類稀なる美貌と、若者らしい溌剌さが前面に押し出され、『ライバルを探せ!』でべったりと貼り付けられたレッテルを剥がすことができるのではないかと考えていたのだ。

 しかし、その考えは甘かった。オファーが来るのは、一癖も二癖もある役どころばかりで、舞子を完全にキワモノとして扱う作品ばかりであった。舞子を国民的正統派女優に育て上げたい其田は全ての仕事を断っていた。舞子には秘密のうちにである。舞子が知ったら、どんな役でも演じたがってしまう。それがどんな奇怪な人物であっても、いや奇怪で難しい役どころであればあるほど、舞子は演じたがるだろう。世間的なイメージというものを舞子は気にしない。ただ演者として、やりがいがあるものを舞子は好む。『ライバルを探せ!』の風子役を演じることを舞子は喜んでいた。他の若手女優がやりたがらないことに挑戦する。舞子には風変わりなところがあった。

 其田は舞子を第二の冬枝雅美にしたかった。雅美も演技にはストイックではあったけれど、キワモノの役柄は演じていない。あくまでも正統派の女優であった。舞子にもそうあってほしい。そう其田は願っていた。


 しかし、間が悪いというかなんというか、其田が望む仕事のオファーは来なかった。世間や制作サイドが舞子に求めるものはキワモノの演技だったのだ。それだけ『ライバルを探せ!』の風子のイメージは強烈だった。舞子のどんな役柄にでものめり込む性格もあだになった。キワモノばかり演じていると、舞子はバイプレーヤーになってしまい、主役を張る一枚看板になることができなくなる。CMの仕事も激減した。企業イメージに合わないというのがその理由だった。舞子イコール敵役のイメージが浸透してしまっている。これは重大事だと其田は焦った。焦っても良質な仕事はこない。其田は舞子に、

「しばらくは学業に専念しなさい」

と言って、毎日大学に登校させた。その大学では、黒上純子が青春映画の撮影のため、長い休みをとっていた。其田が舞子に望んでいた仕事は純子が獲得していたのだ。舞子は他に友達がいなかったので、一人静かに勉学に勤しんでいた。大学で舞子は完全に浮いていた。話しかけて来るものもいない。ただ一人、入学試験のとき、隣に座って「くまモンと共演したい」と言っていた、肥後太郎ひご・たろうだけが、舞子に声をかけて来た。熊本から出てきた太郎は舞子のことをよく知らなかった。親からの仕送りがない太郎はアルバイトをしながら大学に通っていた。苦労人である。夜はアルバイトが忙しいから『ライバルを探せ!』なんて観ていないし、その存在も知らなかった。だから舞子に偏見がない。初めて舞子に声をかけた時も、単純にノートを見せてもらいたいと思ったからだ。入学試験の日に隣の席だったことを覚えていたから、なんとなく親近感を覚えていたのである。それだけである。舞子が有名人だということはなんとなく、周りの雰囲気から察していたが、だからなんなんだという気持ちが太郎にはあった。そんな事より、ノートを貸して欲しかった。アルバイトに精を出していた太郎は疲れて講義を休みがちだった。たまに出席しても、教授のつまらない授業に、ついつい居眠りをしてしまう。これでは一年のうちから留年してしまう。太郎も舞子同様、友達がいなかった。だから、一人で授業を受けている同士、舞子に声をかけやすかった。

 舞子は太郎の申し出に、あっさりと応じた。ノートを貸すことぐらいなんでもない。太郎はあっさりとした性格で、舞子のことを特別視することがなかったからだ。同じ同級生として見てくれることが舞子には嬉しかった。他の同級生は舞子を色眼鏡で見ている。それが苦痛だったから、なおのこと、太郎に親近感を抱いていた。やがて二人は隣同士で講義を受けるようになった。でも、太郎はいつも途中で居眠りしてしまう。それを見て、舞子は少し笑った。


 自然と仲良くなった舞子と太郎は昼食を一緒にするようになった。舞子は寮のおばちゃんが手作りしてくれるお弁当、太郎はコンビニで買った、アンパンと牛乳を食べた。場所は大学の中庭に設置されているベンチと決まっている。

「肥後くん、毎日アンパンと牛乳で飽きないの?」

 舞子は聞いた。

「飽きているよ。でもこれが一番安いんだ」

 と太郎は答えた。

「寮のおばちゃんに、お弁当二つ作ってもらおうか?」

「いや、遠慮しておくよ。僕は自立したいんだ。誰かの援助を受けると、自分がダメになっちゃう気がするんだ」

「偉いね。あたしは誰かに頼ってばかり」

「でも、水沢くんは女優として一本立ちしているじゃないか。その方がすごい。僕も役者を目指しているけど、まだ、何にもできてないんだよ」

「あたしだって何にもできないわ。ここ三ヶ月、なんの仕事もできていないもの」

「水沢くんには、じきに仕事が来るよ。僕だって、君の評判は耳に入っているからね」

「そうだといいけれど……」


 太郎の予言は当たった。其田のところに、舞子へのオファーが来た。それも、映画出演である。

「だがなあ」

 其田はため息をついた。オファーが来たのは青春映画ではなく、時代物だったのである。しかも主演ではない。主人公の妻の役だった。出番は物語の中盤からであり、それほど多くスクリーンに登場するわけでもなかった。

「断るか」

 其田が考えていると、オファーの話をどこからか聞きつけて来た舞子が、其田の元に現れて、

「どんな役でもいい。仕事がしたいです」

と直談判に来た。

「でも、時代物だよ。舞子できるのか?」

 其田が問う。

「時代物の所作は、竹沢先生に弟子入りしていた頃に習いました。できます」

 舞子は言った。

「でも、端役に近い役どころだぞ」

「それでもいいです。映画に出られるなら。どんな役でも一生懸命にやります」

「そうか……ならば、受けるか。このオファー」

「絶対、やり遂げてみせます」

 舞子の決意は固い。


 数日後、大学中庭のベンチで、舞子は太郎にこう告げた。

「しばらく、ノートを貸せなくなるわ」

「どうして?」

「映画のお仕事が決まったの。大学を休まなくてはいけない」

「そうかあ、なら僕が真面目に講義に出て、君のためにノートをとるよ。戻ってきたら、そのノートを貸してあげる。今までの恩返しができるね」

「ありがとう」

 そう言って、舞子は笑った。その笑顔を見て、太郎は初めて、自分が舞子のことが好きなんだと気がついた。


 数日後、映画の制作記者会見が行われた。タイトルは『帆太郎伝』原作は池尻勘太郎のベストセラー小説。三ツ池高志みついけ・たかしがメガフォンをとる。

 主演を務める三笠拓也みかさ・たくやは“サンタク”の愛称で知られるビックスターだ。他にもベテラン大物俳優、四国源太郎しこく・げんたろう山下浩二やました・こうじ、東村雅彦、笹井淳之介ささい・じゅんのすけなど大物俳優が並ぶ。武士の戦いがテーマなので極端に女優は少なかった。その中で、可憐な花一輪のようにポツンと舞子が座っている。取材陣に一言お願いしますと言われると、

「水沢舞子です。よろしくお願いします」

本当に一言だけ、挨拶をした。また緊張症が出たようだ。まるで、借りて来たねこのようだ。


 こうして、舞子の初映画出演が始まろうとしている。


 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る