第3話 出演辞退

 二山の脚本作成は珍しいほど順調に進んでいた。ヒロインに兄を取られることを危惧した姉妹が、あの手この手を使って二人の仲を裂こうとするのだ。

「これはいける」

 と二山はほくそ笑んだ。ギャグいっぱいの恋愛コメディーとして“月9”の既存の視聴者に加えて二山脚本目当てにTVを見る方も増えるだろう。よもや、『突然ですが、離婚します』の記録した最低視聴率に負けるということはないだろう。最低でも15パーセント。あわよくば20パーセントの大台に乗ることも考えられる。そう、のんきに構える二山であった。

 そこに、電話が鳴った。

「はい、二山です」

 受話器を取ると、電話の主は臼杵プロデューサーだった。

「二山さん。水沢舞子のやつ、出演辞退の電話かけて来ましたぜ。それも両親じゃなくて本人がね。どうします? 子役は黒上純子だけにしますか? それとも適当に見繕いますか?」

「冗談じゃない。僕は水沢舞子のイメージで脚本を書いてしまっている。舞子を説得しましょう。臼杵さん、舞子の住所を教えてください」

「えらく入れ込んでますな。個人情報は気安く教えられません。私も同行しましょう」

「よろしく頼みます」

 二山は薄手のコートを纏って家を出た。


 赤羽の駅で臼杵と落ち合った。臼杵は黙って舞子の住所の書かれた紙を差し出した。


『北区 ×× 2−4−6 たけのこ学園』


「こ、これは?」

「養護施設ですよ。ネットで調べました。主に親の勝手な都合や暴力で一緒に住めなくなった子供が収容されています」

「そんなところに水沢舞子は住んでいるのか?」

「そうです。そして誰にも内緒でオーディションに来た。今になって出演辞退を申し込んで来たのも、その関係でしょう」

「養護の先生が反対しているのか?」

「さあ、わかりません。とにかく話を聞きましょう。養護の先生とは連絡を取っています」

「うん」

 二人はたけのこ学園に向かった。


 学園は赤羽駅から歩いて二十分ほどのところにあった。古い建物だ。舞子の生活環境が偲ばれる。ギーっと音がなる玄関を開けて中に入る。訪いを乞うと中村という中年の女性が出て来た。

「夜分にすみません。湾岸テレビのものです」

 臼杵が名刺を差し出す。

「どうぞ」

 中村女史は無表情で奥に案内した。

 子供達はもう就寝しているようで、誰もいなかった。食堂に案内される。女史はお茶を三つ運んで来ると、席に着いた。

「舞子ちゃんに出演を辞退するように言ったのは私です」

 唐突に女史は口を開いた。

「舞子ちゃんが子役になりたがっているのは知っていました。彼女はテレビドラマが大好きでいつも見ていましたから。でも、テレビで有名になると色々問題が……ねえ」

「家庭の問題が表沙汰になるということですか?」

 二山が尋ねた。

「端的に言えばそうです。本来は部外者のあなた方にお話することではありませんが、彼女の父親はギャンブル狂で極度のアルコール中毒です。母親はそれに愛想をつかして家を出ました。父親は舞子ちゃんに日常的に暴力を振るうようになりました。それで児童相談所を経由してここに来たんです」

 女史は答えた。

「でも、中村さん。両親のことと舞子ちゃんの人生は別です。僕は舞子ちゃんにきらめきを見たんです。立派な子役、いや女優になれる。その才能をそんなことで潰していいのですか?」

「でも、有名になれば、マスコミが舞子ちゃんのプライバシーを探るでしょ。両親のこともバレてしまうわ」

「僕が全力で守ります。湾岸テレビだって協力してくれるはずです」

「でも、そんな」

 その時だった。寝ていたはずの水沢舞子が食堂に現れた。

「中村先生。やっぱりあたしテレビに出たい。あたし女優になりたいの。ならなければいけないの。許してください」

 目に涙をためて、舞子は訴えた。

「そんなこと言っても、苦労するのは舞子ちゃんなのよ。芸能界っていいことばかりじゃないわ。時には世間を敵に回すこともあるのよ。幼いあなたをそんな世界に送り込みたくないの」

「大丈夫。根性だけは、あたしあるわ」

「そして僕や臼杵プロデューサーが君を守る」

「…………」

 中村女史は絶句した。

「中村さん。私どもにお任せ下さい。湾岸テレビは全力で舞子さんをお守りします。そして、素晴らしい子役に育ててみせます。なにせ、天下の二山幸雄が見初めた逸材ですから」

 臼杵がおべんちゃらを使った。

「に、二山さん!」

 突如、中村女史の顔色が変わった。

「私、二山作品の大ファンなんです。『殿様のレストラン』『新鮮組』『大黒天ホテル』言い出したらキリがありませんわ。全部DVDボックス限定版持っています。お顔だってテレビで拝見していますのに、気づかないなんて、恥ずかしい」

 重苦しい空気が一気に変わった。

「二山さんなら安心して任せられます。舞子ちゃんをよろしくおねがいします」

 なんという変わりよう。二山は戸惑った。しかし、交渉は成功だ。水沢舞子はドラマに出演できる。

「じゃあ、細かい契約は後日ということで。中村さん、保護者代わりをお願いします」

 臼杵がその場をまとめた。

「二山さん」

 中村女史が二山を呼んだ。

「なんですか?」

「サインお願いします」

「お安い御用です」

 水沢舞子を得るぐらいならたやすいことだと二山は思った。

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