第4話 顔合わせ
最初に直面する問題は、水沢舞子を一体どこのプロダクションに所属させるかということだった。二山は割合業界に顔が広い。人気脚本家だからだ。大手のプロダクションに入れることも可能だったが、それでは多くの俳優、タレントに埋没してしまうかもしれない。二山はここはあえて、小規模のプロダクションに舞子を託すことにした。
『其田事務所』
かつて早逝した伝説の女優、冬枝雅美の所属していたプロダクションだ。二山は雅美の才能を高く買っていた。モデルだった雅美を大型ドラマの主役に抜擢したのも二山だ。雅美の最後の出演作『おんな白夜行』の脚本を書いたのは二山だ。それだけに、雅美の早すぎる死を惜しむ気持ちが強かった。十年の月日が経った今でも後悔している。なんで異変に早く気がつかなかったのだと。雅美と同じく白血病を患った、俳優の島本健は早期発見のおかげで病を克服し、日本アカデミー賞の最優秀主演俳優賞を獲得し、ハリウッドにも進出している。雅美も早期に病気が見つかれば、同じように世界に羽ばたけたものをと二山は思う。その気持ちは『其田事務所』の其田社長も同じだった。当初は雅美が女優に転身することを拒んでいた其田だが、雅美の情熱的な演技を見て、考えを改めた。映画やドラマの仕事を次々に持って来て雅美を喜ばした。そう、雅美は多忙を嬉しがったのだ。そのことが悲劇を呼ぶことも知らずに。
雅美を失って、其田は憔悴した。事務所を畳むことも考えたという。それを聞いて、二山は怒った。
「第二、第三の雅美を育てればいいじゃないか!」
それに対して其田はこう言った。
「持って生まれた才能は作れません」
その通りだった。二山の説得で、廃業は撤回した其田だったが、スカウトして来た女優たちは脇役には適しているが主役の光を放つものはいなかった。だが、其田は女優たちを大事にした。無理な仕事はさせない。嫌な仕事もさせない。そして半年に一度、健康診断を受けさした。「これが雅美に対するせめてもの贖罪ですよ」其田は二山に言った。
「其田は信用できる男になった」
そう、二山は思い、水沢舞子を其田に預けようと思ったのだ。
水沢舞子と其田の顔合わせは新宿駅近くのホテルのラウンジで行われた。舞子は新宿に来るのは初めてだという。迷子にならないために、二山は改札口に張り付くハメになった。なにせ、舞子はスマホも携帯電話も持っていないのだ。行方を見失ったらおおごとだ。
約束の時間ちょうどに舞子は改札口に現れた。とても緊張しているようだ。
「其田社長は優しい人だ。緊張しなくていいよ」
二山が声をかける。
「はい」
舞子はそれだけの返事をした。
其田は失望していた。二山の肝入りだからと期待していた水沢舞子という少女だったが、緊張しているのか、会話が成立しない。「はい」か「いいえ」としか言わないのだ。
(こりゃダメだよ、二山さん)
目で合図を送るが、二山はあさっての方向を向いて煙草をふかしている。舞子に煙がかからないようにとの気遣いだろうが、其田には「うまく、舞子の才能を導き出せよ」とプレッシャーをかけられている気がしてならない。無理だ。舞子には光るものがない。
「何か、得意なものはないの?」
其田は聞いてみた。
「はい……」
「はい、じゃわからないよ」
其田はイラついた。すると舞子はもったいぶるように答えた。
「……モノマネ」
「へ?」
「モノマネができます」
「なんの?」
「荒木結衣」
「へえ、やってみて」
「はい」
舞子は立ち上がってモノマネを始めた。
それは、モノマネではなく、演技だった。
荒木主演の大人気ドラマ『聞かぬは一生の恥』の有名なシーンを完璧な台詞回しで表現し、相手役の
「合格だ」
其田は思わず口にした。
「二山さん。彼女をウチで預からしいてもらいますよ。磨けば光る逸材だ。いや、もう光っているかもしれない」
「そうですか、お願いできますか」
「ええ」
「舞子くん、社長にお礼を言いなさい」
「はい。よ、宜しくお願いします」
また、緊張しいに戻ったのか、舞子は言葉を噛んだ。
「モノマネをするときは緊張しないのかい?」
其田が聞いた。
「はい」
「なんでだろう? 不思議だ」
「それだけ演技、いやモノマネに没頭してるんでしょう」
二山が助け舟を出した。
「天性の役者ということかな?」
「どうなんでしょうかね?」
大人二人は首をかしげた。
水沢舞子は赤羽のたけのこ学園から、新宿にある其田事務所の寮に引っ越すことになった。そして、昼間は学校、夜はレッスンと忙しい日々を過ごすことになる。もたもたしてはいられない。次クールからの連続ドラマ『お兄ちゃんをとらないで』の脚本は二山にしては珍しく完成し、撮影のリハーサルの時間はすぐそこに迫っているのだ。
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