第2話 オーディション

 二山幸雄は行き詰まっていた。人気脚本家と知られている二山だが、遅筆であることでも有名であった。舞台『壇ノ浦』では公開日に台本が間に合わず、怒った主役の本陣隆則ほんじん・たかのりが降板するという事態も起こしている。それ以来、二山と本陣は顔を合わせていない。本陣の怒りが相当なものであることがわかる。それでも二山に仕事の依頼が殺到するのは、単純に彼の脚本が面白いからだ。そうでなければ、とっくの昔に干されているだろう。


 今、彼が取り組んでいるのは、湾岸テレビの月曜九時のドラマだ。かつては“月9”といえば、トレンディなタレントが総出演して、恋に仕事に一生懸命な人間模様を描き出して、一種の社会現象を巻き起こしたものだが、近年は視聴者離れが激しく、今クールの『突然ですが、離婚します』は視聴率歴代最低を記録し、湾岸テレビ首脳陣も頭を抱えている状態である。そこで起死回生の一発として、二山に白羽の矢が刺さったのである。

「恋愛ものなど書いたことないよう」

 と渋る二山に対し、湾岸テレビの社長自らが出馬して、二山を説得した。

「今までの“月9”の概念をぶち壊してください」

 二山は首を横にふれなかった。

「じゃあ、コメディーなら書きますよ」

 二山は妥協した。二山には、湾岸テレビに貸しがあった。ドラマ『荒畑寒村』は高視聴率を撮ったものの、『合言葉は元気』で壊滅的な低視聴率を出してしまい、「二山幸雄も終わったな」「なんてつまらないドラマだ。もう、二山作品は見ない」と酷評を受け、その時間のドラマ枠を潰してしまった苦い経験があるのだ。そういった理由で二山は仕事を引き受けざるを得なかった。


 主役は決まっている。若手ナンバー1の呼び声高い荒木結衣あらき・ゆいだ。二山は荒木結衣を非常に気に入っている。容姿が、かつて溺愛した冬枝雅美に瓜二つなのだ。すらりとした背丈、憂いを持った瞳。一目見て気に入ってしまった。あとは、相手役だ。シリアスも出来て、おちゃらけも出来る、菅野正樹すがの・まさきにしよう。

 プロデューサーでもない二山がキャスティングを決めてしまうのはおかしいと思う貴兄もいるだろうが、二山は当て書き、つまり、出演者を想像して台本を書くのだ。だから勝手にキャスティングを決めてしまう。プロデューサーも了承済みで、今頃は各芸能事務所と出演交渉をしているだろう。

「さて、あとは話題作りだな……子役を入れて見るのも面白い」

 近年では天才子役と呼ばれる子供達が大勢活躍している。二山はそれに目をつけた。

「だが、既存の子役では新鮮味がないな。オーディションを開いて、良い子役を採用しよう」

 二山はどんどん、策を練った。しかし、パソコンのディスプレイ上には台本の一文字も書かれていない。大丈夫なのだろうか?

 そんなことには御構い無しに、二山は自分の構想を伝えるために、プロデューサーに電話をかけた。


 一週間後、都内のスタジオで子役オーデションが行われた。約三十組の親子が集まっている。中には、何かの手違いか、赤ん坊を連れてきている母親もいる。

「『ひよこクラブ』じゃないぜ、おい」

 プロデューサーの臼杵達也うすき・たつやがA.D.の頭を小突いている。

 二山もオーディションに来ていた。どんな子供が選ばれるか。それによって台本も変わってくる。それに二山は子供好きだ。

 書類選考で約二十人を落とした。赤ちゃんの泣き声と母親の怒号が聞こえる。残りは十人だ。しばし休憩に入る。二山がトイレに立つと後ろから声がかかった。

「はい。ああ、緑川さん。今日はなんのご用事で?」

 声をかけて来たのは一流女優の緑川蘭子みどりかわ・らんこだった。以前、二山脚本の舞台に出てもらっている。堂々とした演技だった。

「ウチの娘、十人のうちに入っちゃったのよね」

「娘さんが? そうですか」

黒上純子くろかみ・じゅんこっていうの。よろしくね」

「緑川さんの娘さんなら血統書付きだ。選ばれるんじゃないですか」

「そうでもないのよ。でもダンスとボイストレーニング、やらせているからね」

「完璧ですな」

「これ、受け取っておいて」

 蘭子は紙袋を二山に渡した。

「ダメですよ。こんなことしちゃ」

「気持ち、気持ち」

 蘭子は強引に紙袋を二山に押し付けると女子トイレに入って行った。

「うぬう」

 しばし、黙考する二山。

「まあ、いいか。政治家じゃないんだから」

 と独り言してトイレに向かった。


 休憩を挟んだ二次審査はふた組に分かれて、ダンスから行われた。今日び、子役とてダンスぐらいできなければやっていけない。今はエンディングにダンスをするのが流行りだ。黒上純子は一組目の真ん中に立っていた。しなやかな牝鹿のようだった。ダンスはキレッキレで、他の追随を許さない。圧倒的な勝利だった。

「決まりだな」

 臼杵プロデューサーがつぶやいた。

「一応二組目も見ましょう」

 二山がとりなした。二組目が踊り出す。


 光っていた。錯覚でも幻覚でもない。二山は腰を上げた。二組目の一番右端。不利な位置で踊りながら、その少女はきらめいていた。慌てて資料をめくる。


『水沢舞子』


 これだ! と二山は確信した。

 しかし、臼杵やA.D.は黒上純子の話ばかりしているようで、このきらめきが見えていない。

「二山さん、黒上純子で決まりですな」

 臼杵が同意を求めてくる。

「ちゃんと演技試験をやるのが筋でしょう」

 二山は答えた。

「そうですかね。決まりだと思うけどなあ」

 臼杵は不満げだ。


 とにかく、演技試験が行われた。しかし、やはり黒上純子の演技はピカイチだった。文句のつけようがない。

 水沢舞子はどうか? 結論から言えばまあまあ。可もなく不可もなしといったところだ。二山には舞子が本気を出していないように見えた。でも、二山は見てしまった。あのきらめきを。


 審査結果の発表となった。

「二山さん、黒上純子でいいですね?」

 臼杵が訪ねて来る。

「いやあ、あの、実は、子役は姉妹にしたいんです。この水沢舞子さんなんてどうでしょう?」

「はあ、二山さんがそう言うなら、構いませんが」

「じゃあ、そう言うことで」

 結果が発表された。黒上純子は満面の笑顔を見せたが、水沢舞子は複雑な表情を見せた。


 その帰途、二山は考えていた。ダンスではきらめいていた水沢舞子が、どうして演技試験では平凡だったのだろう? まるで、受かるのが嫌なように見えるなと二山は思った。


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