女優

よろしくま・ぺこり

第1話 オープニング

 一人の女が天に召されようとしていた。

 女優、冬枝雅美ふゆえだ・まさみ。十六歳でモデルとデビューした雅美は十九歳の時、大手化粧品メーカー、カナボウのCMに出演し、その美貌が日本全国に知れ渡り、一躍、時の人となった。だが、彼女の目指していたものはモデルとしての名声ではなかった。女優として生きることが人生の目標であった。

 雅美の所属するプロダクションは其田事務所そのたじむしょという、業界では小さな芸能プロダクションであった。なので彼女に来る仕事といえば、雑誌のグラビアで水着姿を晒すというものばかりであった。それが雅美には大いに不満であった。しかし、辛抱強い性格の雅美はそれに耐えた。いつか、女優の仕事が来ると信じて頑張った。事務所に隠れて、ボイストレーニングやダンスのレッスンを自費で行っていた。

 チャンスはじきに訪れた。ジャパンテレビで日曜八時に放送される新大型時代劇『東洋のマタ・ハリ』と言う番組の主役、男装の麗人、川島芳子役のオファーが来たのだ。脚本を担当する二山幸雄にやま・ゆきおが、雅美の大ファンで、執筆当初から、雅美に当て書きをしていたというのだ。その頃、二山は若き英才として人気ドラマを連発しており、その意向はプロデューサーより絶大であった。

 当初、事務所側は雅美のドラマ出演に消極的だった。事務所の社長である其田大成そのた・おおぜいは時間を拘束されるドラマ出演より、手頃なグラビアやファッションショーなどの割のいい仕事の方が儲かると考えていたのだ。それに雅美の演技に自信がなかった。雅美が影で猛特訓していることを知らなかったのである。

 ドラマ出演の話を漏れ聞いた雅美は、社長室にねじ込んだ。そしてこう言い放った。

「私は女優になりたい。ドラマに出たい。そうでなければ、事務所を辞める」

 その迫力に其田はビビったという。雅美のドラマ出演が決まった。


 ドラマ『東洋のマタ・ハリ』は大成功だった。時にタキシード。時にチャイナドレスを身にまとい演技する、雅美に世の男性は釘付けになった。ドラマの視聴率は30パーセントを越え、雅美は女優としての地位を確固たるものにした。その後は映画界にも進出し、大河ドラマにも出演した。


 異変が起こったのは、雅美が大女優の称号を与えられる直前であった。映画『おんな白夜行』の撮影の最中、雅美は高熱を出した。しかし、根性は男以上の雅美は歯を食いしばって、何事もなかったかのように演技した。しかし、クランクアップの日、雅美は倒れ、昏倒し救急車で搬送された。


 病院で精密検査を行った結果は、


『白血病』


であった。それも、治療不可能なほど進行していた。マスコミには再生不良性貧血で数ヶ月の療養が必要だと発表された。


 病室のベットの上で、雅美は、

「すぐに、女優に復帰する。女優こそ私の全て」

と其田に言い切った。其田は雅美には本当の病名を伝えていなかった。


 そして、その日が来た。雅美は意識朦朧となりながら、

「私は女優。私は女優」

とうわごとのようにつぶやいた。其田は思わず泣かずにはおられなかった。

「もういい。ゆっくりお休み」

 其田は雅美の体をさすった。

 今際の際に雅美は絶叫した。

「死んでも女優は辞めない!」

 其田は雅美の体がふんわりと軽くなるのを感じた。


 冬枝雅美、享年二十九。

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