応援コメント

改訂にあたって:アメリカ南部州で暮らすということ」への応援コメント

  • うろ覚えですが、聖書では黒人は奴隷、でも「人」扱いで、アジア系他の黄色人種は「猿(人ではない)」扱いなんだとか。
    日本で布教に励んでいるキリスト教徒を見かける度に、いつも「それ(キリスト教)でいいのか?」と思わずにいられない。
    他にネイティブインディアンの神話で、神が人を作った時、白人は早過ぎて生焼け、黄色人はちょうど良く、黒人は焦がした結果と、どこかで読んだことがある。
    どこでも自分たちが最良だと自負するのなら、ノブレス・オブリージュを果たせと言いたい。礼儀を欠くなど論外だと思う。

    作者からの返信

    応援の♡とコメント、ありがとうございます。

    聖書の内容については、様々な解釈方法があるので一概には言えませんが……アメリカという国に限れば、かつて、イギリス植民地に奴隷制度を導入する際、キリスト教会は黒人(ならびに有色人種)を奴隷として扱うことの正当性を聖書から引用したそうです。その思想が、現在まで根強く残っているんですよね。困ったものです。

    ノブレス・オブリージュも、現代アメリカでは『自己の利益を優先することのない行動を促す、社会的規範』という元の意味が失われてしまっているように感じます。「慈善(寄付金やボランティア)は美徳」という感覚で、富裕層が貧しい人々に「慈悲」を施すのがアメリカ式。慈善事業は「天国で特等席をゲットする」ための方法で、寄付した金額は税金対策にもなります。なので、裕福でもなんでもない一般庶民でも、毎年決まった金額を寄付する人が多いです←我が家の相方もしかり。ちなみに、我が家は2人とも不可知論者(Agnostic)です。

    長くなりましたが、どこで暮らしていようが、礼節を重んじよ、ということですね。私も気をつけないと……

    編集済