乱反射する想い

屋根裏

乱反射する想い

 窓際に並ぶ透明は、差し込む日差しを取り込んで自らのものにしている。暖かい日差しを取り込んで、取り込んで、溢れてしまった光は、壁や床、私の顔にまで落ちてくる。

 ただの透明が、光を浴びると一つ一つが違う模様を描く。白だったり、緑だったり、オレンジだったり。

 それぞれの個性がとても愛おしくて、我が子のように窓際の瓶を見つめる。

 ここに瓶が並ぶようになったのは、いつからだったろうか。きっかけすら、もう覚えていない。それでも、いつ見ても違う表情を見せるせいか、不思議と飽きを感じることはなかった。

 形がばらばらで、光を通した時の輝きも違う数々の瓶を見ていると、時折"人"を感じる。

 ある程度の共通項は持ち合わせていながらも、同じものを同じものとして受け取ることはしない。出来ないのかもしれない。光の差し込む方角によって、同じ瓶でも違う方向に、違う大きさの光を投影する。その日の天気によって、溢れる光の量も変わる。

 そういう気難しさが、まるで人のようだと、朝凪アサナは思う。

 毎朝のように、この部屋で目を覚ます。瓶に、人に溢れたこの部屋で。それなのに、相変わらず人付き合いに慣れることは無い。どうしてか、朝凪が正しいと感じることは、他人の間違いであることが多い。きっと、瓶の収集癖だって、受け入れられ難いものなのではないか。薄々気づいてはいるものの、周りに合わせようという考えはなかった。いつもそう。頑固というよりは、諦めに近いものを感じていた。他人に同調して自分を捻じ曲げることが出来ないのは、仕方の無いことだという、諦め。

 しかし、人にも様々なタイプが存在して、自分と他人とのズレを気にすることなく近付いてくる人もいる。ズレを無視しようと努力しているのか、そもそも気づいていないのかはわからない。そういう無神経さは、時に強い武器となる。

 数少ない友人の一人である水月ミツキも、その武器を駆使して、様々な方面で交友関係を築いている。天真爛漫で喜怒哀楽の激しい彼女は、向かい合う相手の感情を忙しく揺さぶる。初対面で苦手と感じさせることはあれど、最後には決まって、彼女の性格に救われている自分に気づく。

 例えば、落ち込んだ心に寄り添ってくれる優しさ。落ち込んでいたことすら忘れさせてしまう笑顔だって持ち合わせている。

 例えば、楽しさを心から共有してくれる器。他人の喜びをまるで自分のことのように全身に浸透させるしなやかさ。

 そして、そこに嘘はない。

 きっと、その正直さこそが、彼女が愛されるなによりの要因だろう。

 どこまでも正直な彼女の前で偽りの仮面を被ることに、やがて恥ずかしさにも似た感情を抱くようになる。すべてを脱いだ剥き出しの自分をぶつけ合うことで、彼女の交友関係は成り立っている。

 そんな清い交友関係の中に、殻にこもった私が組み込まれていることを申し訳なく思った。謝りたくなった。同時に、幸せだった。

 思い思いの場所に立つ瓶に、自分や友人を当てはめていく。これは、一番透明で、丸みを帯びているから、水月。これは、みんなからちょっと離れたところで、窓から外を眺めているから私かな。角張っているし。

 そこの薄く緑を帯びたやつは。

 あっちのちょっと背の高いやつは。

 昨日新しく仲間入りしたこいつは。

 多くもない友人を当てはめるのには十分すぎるだけの瓶が、ここにはあった。

 友人の数よりも多くの瓶を集めたのか、と自嘲気味に微笑む。

 微笑んで、悲しくなった。悔しくて、瓶を全部割ってしまいたかった。全部割って、めちゃくちゃにして、部屋から飛び出していきたかった。そんなことをしたって、帰ってくる場所はここしかない。飛び出してしばらくしたら、お腹が空いて帰ってきて、自分で荒らしたはずの部屋を片付けるんだろう。そんな惨めなことは、出来なかった。誰に対しての見栄なのかもわからない。不貞腐れて、布団に潜り込む。

 迫り上げてくる涙が溢れないように強く目を瞑ると同時に、携帯が鳴った。

 普段あまり鳴ることの無い携帯の着信音に驚き、慌ててロックを解除する。

 水月からの、短いメッセージ。

 

 「結婚することになったよ」

 

 どうして今なんだろう。素直に喜べないじゃないか、と思ったところで、吹き出してしまう。ほんとにもう、こいつは。私のことを見ているんじゃないかと、そう思ってしまう程に、ナイスタイミングだった。溢れかけていた涙が、一滴頬を伝った。

 水月には、長年付き合っている恋人がいた。なかなか結婚の話が出ないと嘆いていた彼女の苦悩も、ようやく報われたということか。

 相手も相手で、仕事だったり、家族だったり、色々な苦悩があったのだろう。

 すべてすっきり、とはいかずとも、お互いの苦悩がいい具合に均されたタイミングで、ここぞとばかりにプロポーズがあったのだろう。

 水月は、これから新しい道を歩んでいくことになる。独りよがりで切り抜けられる程、楽な道のりではないだろう。それでも彼女には、愛する恋人と、信頼できる友人がついている。きっと彼女なら大丈夫だ。強く歩を進めていくことだろう。

 

 「おめでとう」

 

 から始まる返信は、思っていたよりも長いものになってしまった。水月には、貰ったものが沢山ある。これからゆっくり、返していかなきゃな。

 

 そう思った時には、手が動いていた。

 

 大きな音が鳴る。今までの生活がどれだけ静かなものだったか、思い知らされるかのように。

 

 自分を当てはめた瓶を、粉々に砕いていく。穏やかな心情だった。悲しさも、悔しさも、同時に砕いてしまおう。

 粉々になった瓶に、しなやかな水月に、憧れた。焦がれた。

 無神経さ、ではない。水月が持っていて、私が持っていないもの、それは、柔らかさ、だ。

 水月を瓶に当てはめていった時、意図せずとも丸みを帯びた透明な瓶を選んだ。分かっていたのかもしれない。気づいていなかっただけで。

 自分のかたちを他人のかたちに合わせて変形させる。受け入れるように、包み込むように。そういう柔らかさが、水月のしなやかさなんだと思う。

 私が水月と友人になれたのは、水月の柔らかさと、私の憧れのおかげ。

 ひねくれた私に合わせて、水月がかたちを変えてくれたから、受け入れてくれたから、今こうして大切な友人となった。

 

 「ありがとう」

 

 水月からの返信は、先ほどの返信に対してのものだろうが、朝凪には違うものに見えた。

 私を大切に思ってくれてありがとう。私と仲良くしてくれてありがとう。私と向き合ってくれてありがとう。どれもが正解に思えた。

 同時に、このありがとうは、私から水月に向けてのものなのではないかと考える。

 少し考えて、

 

 「こちらこそありがとう」

 

 短い返信を書いて携帯を閉じる。

 

 瓶の破片は、繋げて、窓際の壁に飾ろう。サンキャッチャーもどき。

 

 きっと、これからも暖かい光をもたらしてくれる。

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