旅人

 「熱い!」と目を覚ますと、青々とした空にギラギラと照りつける太陽がかかっていて、思わず眩しさから、左手をかけて光をさえぎった。

 どうやら砂の上に、寝転んでいる。背中が焼けるように熱い。

 「ここはどこなんだ」と私はわけも分からずにつぶやいた。

 そうすると、急に布のようなものが、頭に覆いかぶさって、私は身じろいで、うわ、と叫んだ。

 「何やってるんだ」「立つんだ」

 あどけないけれども、怒ったようにその声は立つことを促して、身を起して、布を取り、あたりを見回した。

 「何だここは…」

 あたりは一面、砂しかない。遠くの方も砂しかなくて、所々で、山のようになったり谷のようになったりしている。

 「なにいってるんだ。早く立つんだ」と言われ、ゆっくり立ち上がると、目の前に、頭に白い布をぐるぐると巻いて、長いローブを身にまとった8歳くらいの少年が立っていた。色黒で、目鼻はあどけないながら、くっきりとしており、東洋人のそれではない。肌の色のせいか、白い目が大きくぱっちり見える。肩から長い紐の鞄を下げて、右手に杖を持っている。

 「砂漠…なのか?君は誰だ」と、半目で、覆いかぶさった布を確認しながら言う。

 「そんなことはいいから、それを着て、ついてくるんだ」

 そう言われて、手に持っているものが子どもが来ているものと同じ物だと気付き、急かされた故に、着ているものを慌てて脱いで、言われたとおりにローブをまとった。

 同じように、頭に布を巻くと、こどもは急に歩き出した。

 「待ってくれ、ここはどこだ」

 慌てて追いかけながら尋ねると、そんなことはどうでもいいんだ、時間がないんだ、と言っている。


 仕方なく、子どもの先導する通りに歩く。

 ギラギラと照りつける太陽が、砂漠の砂に反射して容赦なく肌を刺激する。

 こんなにも、砂漠が熱いとは知らなかった。見通しはとても良いが、歩いている先にある砂の山はいつまでたっても近づいてこない。

 自分がどこに向かっているのかもわからない。どこに案内されているんだろうか。その前にどうしてここにいるんだろうか。こどもをみるが、応えてくれそうな気配もなく。せめてと思い、

 「こんな暑い中、君の言うとおりにしぶしぶ歩いているんだから、せめてどこに向かっているのか教えてくれ」と切々と訴える。


 「オアシスに行くんだ」「君を送り届けなきゃいけないんだ」

 彼は立ち止って振り返り、顔をあげて不機嫌な目を細め、まっすぐ私を見据えて言った。

 「どうしていかなきゃいけないんだい」

 と聞くと、彼はまた、こちらを気にする必要がなくなったように、元の進んでいた方に向き直して、「いいからくるんだ」と言って歩き始めた。


 また歩きながら、体中に炎天を受け、波打つ砂地に苛立ちながら、「何で私を連れて歩いてるんだ」と苦々しげに言うと、「それが僕の仕事だからだ」といった。

 「君の仕事なの」「なんで」と聞いても、最早聞く気もないと言わんばかりに、さっさと歩いていってしまう。暑さも限界で、だんだんと腹が立ってしまい、急に座りこんで、おい、と叫んだ。

 

 少年は立ち止り振り返ると怪訝な、そして悲しい、不機嫌な顔をこちらに向けた。

 「君はどうして私の言葉を無視するんだ。そんなに私のことを無視するなら、私もここから一歩も動かないよ」「その不機嫌な顔もやめてくれたまえ」

 吐き捨てるように、大声で怒鳴って、腕を組み、胡坐をかいてそっぽを向く。

 ちらりと見やると、少年はついていた杖を横にして両手で持ち、物悲しそうにして顔をゆがませ、肩を震わせてわなないていた。

 そして、大きく息を吸い込んで吐きだすしぐさをし、

 「そんなこと言わないでくれよ」「僕の仕事が出来なくなってしまう」

 とつぶやいた。


 「出来ないなら出来ないでもいいさ」「私はそんなの全く困らないからね」

 そう吐き捨てる。そうして、少年をまたちらりと見やると、ぽたぽたと涙をこぼしていた。

 「そんなこと言わないでくれよ」「僕のお爺さんが病気なんだ」

 そう言って、杖をついて、地面にうずくまって泣きだしてしまった。

 私はばつが悪くなって、仕方なく立ちあがって、ローブの砂を払い、ため息をついて、少年に近付いた。

 「どうしたってんだよ。なかないでくれよ」「しらなかったんだ。私もわけがわからなくて」

 少年のそばで語りかけると、でも、と少年は言った。

 「歩かなきゃいけないんだ」「貴方を送り届けるのが僕の使命なんだ」

 力強く、鋭い視線をこちらに向けたが、その視線の先にあるのは、“私”ではない気がした。

 「分かったよ」「歩くよ、君と一緒に」


 そうして、私達は又歩き出した。見渡す限りに砂だったが、所々で見たこともないような植物もあった。大きいもの、小さいもの、群れているもの。動物もいた。山を越え、谷を歩いてへとへとになりながら、少年を見やり、たまに話しかけたりしながら、気力を振り絞って歩き続けた。

 時折少年から、「頑張れ」「もう少し」と声が聞こえた。


 歩き始めてどれくらいか知らないが、ようやっとの思いで、オアシスについた。

 結局一度も砂漠の夜は向かえなかった。

 少年は、お疲れ様、おめでとうと言った。

 

 「ありがとう」「君も良かったね」

 「ありがとう」「おじさんのおかげだ」


 気がつくと、白い天井と懐かしい妻の顔、長女の顔、息子の顔、そして少年の顔が見えた。

 みんな嬉しそうに泣いているのが分かった。

 「また会ったね」「元気そうだね」

 「お祖父ちゃんもね」「良かったよ」


 少し体を起こしてもらうと、やけに体が重たくて、「歩き疲れか」と言った。

 少年以外は、不思議そうに聞いていた。

 少年が、小さくて平べったい水ガメを持ってくる。

 蓮の花が咲いていた。

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