【第十八話前半】ただのしがないニート

 ボヨンボヨンボヨーン。

 キングスライムの圧倒的質量をもつであろう巨体が、頭上から迫ってくる。


「ニヒトっ!」

「ニヒト様っ!」


 アストレアとセレフが、俺を助けに来ようとしてくれているのが見えたが、間に合わない。

 俺と彼女らとでは距離がそこそこにある上に、彼女らの周りにはリザードマン及びリザードクイーンが存在している。とても俺を助けている余裕はない。

 

「あ……」

 そんなことを考えている間に、キングスライムの巨体は目の前まで迫っている。

 俺は声もなく、そのままキングスライムに押しつぶされてしまった――。


「煌めけ! カラフルレインボーっ!」


 かと思われたが、そうはならない。間一髪のところでキングスライムの巨体は強い衝撃により歪み、俺の目の前から横からに吹き飛んで行ってしまった。


「大丈夫か。ニヒト君」


 そして、俺とキングスライムの間に立つようにして現れたのは、この世界で最強と謳われる人類。剣聖アレッタの頼もしい後ろ姿だった。


「大丈夫そうだな。安心したよ」


 俺がアレッタの突然の登場に惚けていると、アレッタが振り返り、俺の様子を確認して勝手に納得していた。


「総員リザードマンにかかれ! 私はキングスライムを担当する。リザードクイーンに関しては時間を稼げ! その他の魔物を蹴散らしたところで、一斉にかかる!」


 アレッタは俺の無事を確認すると、彼女と同じくこの窮地に駆けつけてくれた剣聖アレッタ率いる騎士団の皆に、指示を飛ばしていた。了解と口を揃えた騎士団。三名がリザードマンへと立ち向かっていき、ロバートを含めた二名がリザードクイーンとつば競り合いを始めた。

 一方の剣聖アレッタは、吹き飛ばされて怯んでいたキングスライムに向かっていった。

 彼女はカラフルレインボーをその名の通り、七色に輝かせて斬っていく。カラフルレインボーは一撃がでかいが、重さゆえに動きが遅くなりがちな大剣。リザードマンおよびリザードクイーンのような動きの早い相手には不利を取るものの、キングスライムのような巨大な体躯で動きが鈍い相手には、相性が抜群。カラフルレインボーの斬撃はキングスライムの肉体を順調にそぎ落としていた。

 斬撃がヒットするたびにキングスライムの身体は青のジェルを辺りに撒き散らしていた。そして数分とかからずにキングスライムは通常のスライムほどの大きさになっていた。そこまでの大きさになったキングスライムめがけてアレッタが大きくカラフルレインボーを振り下ろす。するとキングスライムは爆発四散。完全に液状化してしまい、形がなくなってしまった。


 投げナイフもボムも効かずに、俺があわや殺されそうになった魔物。

 しかし、剣聖アレッタの手にかかれば、こんなものなのだろう。

 そういえば、俺が聖剣を持って戦った時もこんな感じだった。


「よっしゃぁぁぁ! 私も行くわよぉぉぉぉぉ!!!」

「【クイック】っ! 【ホーミング】っ!」


 剣聖アレッタがちょうどキングスライムやを仕留めた頃、セレフとアストレア両名も、リザードマンおよびリザードクイーンの討伐に加わっているのが見えた。アストレアは自慢の拳をリザードクイーンに振るい、セレフは騎士団の方々に支援魔法を送っている。


「よし! よく持ちこたえてくれた。私もそちらに向かう!」


 そこへキングスライムを倒したばかりのアレッタが間髪入れずに向かう。

 すると戦況はこちらに大きく傾いてきた。リザードマンたちは騎士団+セレフの支援魔法。リザードクイーンに関しては、支援魔法を受けたロバートと【正義の鉄拳】を連発するアストレア。そしてカラフルレインボーを要する剣聖アレッタの登場によって、あれだけ苦戦していたのが、嘘のようにリザードクイーンに対して優位に戦いを進めていた。リザードクイーンと同等の力を持つアストレアと、これまた同等の力を持つアレッタ。この二人が手を組んだのだから当然のことだろう。


 アストレアにアレッタ。セレフにロバートを始めとした騎士団の方々。彼女らのおかげで、おそらく間もなくリザードマンたちは全滅。俺たちの勝利となるだろう。


 そんな奮闘する彼女らを尻目に、俺はといえば何をしていたか。

 俺は彼女たちの快進撃を黙って見つめていた。彼女たちの力に、剣さばきをただ見つめていた。いや、それしかできなかった。アストレアとアレッタたちが近接攻撃を繰り広げる中、ボムを使うわけにはいかない。投げナイフもすべてセレフに託してしまい、もう手持ちがなかった。


 結局、俺は何もすることができなかった。

 アイテムの力がなければ、聖剣の力がなければ、他人の力がなければ何もできない。

 

 振り返れば、いつだって俺は自分自身では何もできやしなかった。日本でニートをやっていた頃は、両親にかかりきり。家事もできなければ金を稼ぐこともできない。このままではいけない。そう思っていても、俺にはもう自分自身でなんとかする力はなかった。ずっと引きニートをしていた俺は、社会で生きる術を失っていた。

 けれども、そんな中で俺は異世界転生という可能性にチャンスを感じた。

 異世界転生すれば何かを変えられる。あのラノベ主人公たちのように変われるはずだ。そう考えた。そして、俺は詳しい経緯などは忘れてしまったが、なんとか異世界転生を果たした。

 しかし、異世界転生をしても何の変わりもなかった。一度は手に入れた聖剣というチート能力。俺はそれが俺自身の力ではない。そう思った俺は聖剣を手放し、異世界転生のお約束というレールから外れた。それは自分の異世界生活を、自分自身の手でそれを叶えよう。大層にもそう考えていたからだった。


 だが、結果はどうだ?


 自分で家事ができないからセレフを雇い、アストレアに促されるがままに聖剣を探し出し、勘違いからアレッタと戦うことになって、ボロボロにされた。その後も聖剣を売った武器商人に嵌められたと気がついた俺は、自己保身のために本格的に聖剣を追い始めた。武器商人を追うためには冒険者ランクの昇級が必要だと知った俺は、冒険者ランクを上げることに専念した。けれどそれは叶わず、門番を張っ倒して強引に街の外に出た。それからもアレッタたちの窮地を放置し、魔王の圧倒的な強さを知って逃げ出した。挙句には。自分の無力さを痛感し、何もできずに指を咥えて見ているだけ。


 どこまでも他人を頼みで、自分は逃げ出してばかり。自分自身では何もできない。

 日本に居た頃となんら変わりない。新戸二飛斗そのものじゃないか。

 そうか。俺はやはり異世界に来ても、ただのしがないニートでしかなかったということか。


 そうして間もなくアレッタを始めとした、アストレアにセレフ。騎士団の活躍によって怪我人もなく、リザードクイーンたちを退けることに成功した。だが、夜は魔物たちが活性化し危険だ、というアレッタの助言もあり、俺たちは一時、街に戻ることになったという。

 俺はいまいちその時のことを覚えていない。

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