【第十七話】なんともならない
俺はアレッタたちとリザードマンの戦闘を思い出していた。
リザードマンの移動スピードにはセレフの【クイック】を用いても及ばないだろう。剣聖アレッタが受けて反撃するの戦闘スタイルをとっていたことから、それは確かなはずだ。
そして、その超速のスピードから放たれる短剣での攻撃がメイン。これはアレッタたちの戦闘からして間違いない。
アレッタのカラフルレインボーのような強力な反撃手段を持たない俺たちは、簡単に近づかないのが得策のはず。となれば遠距離攻撃を基本としていこう。
俺はその旨を、セレフとアストレアにも伝えようとしたが、時すでに遅し。
「どりゃあぁぁぁ!!!」
アストレアが、リザードマンたちに突っ込んでいってしまっていた。
「おい待て! アストレア!」
俺が制止の言葉をかけるが、アストレアが聞く様子はない。
アストレアはいつの間にかメリケンサックを装着しており、自分の必殺技だと謳っていた【正義の鉄拳】を発動させていた。そして、彼女はリザードマンめがけて、それを振り下ろそうとする。
それを目の当たりにしたリザードマンたちも、黙ってはいない。
彼らは素早くアストレアを迎え撃つべく短剣を構えると、集団になって彼女が突っ込んでくるのを待っていた。自分たちも飛び出すようなことはしない。自陣からは出てこずに、相手をこちらに引き入れて狩る。集団での戦い方をわかっている。流石はS級モンスターといったところだろう。
「リザードマン食らえぇぇぇ!!!」
「それに比べて、うちの駄女神ときたら! セレフ!」
「はい! 【クイック】っ!」
そんなリザードマンたち以下の知能しか持ち得ないアストレアをカバーするべく、俺とセレフが援護をする。セレフがアストレアの行動スピードを少しでもあげるために、まずは【クイック】の支援魔法を送る。
「当たるなよ! 駄女神っ!」
「【ホーミング】っ!」
そして、俺は【ホーミング】の支援をもらい、アストレアを待ち受けていたリザードマンたちの集団めがけて思い切り、投げナイフを放る。
「シャァァァァァァ……ッ!!!!!」
結果は見事にヒット。
一匹のリザードマンがけたたましい雄叫びを上げたかと思うと、バタリと地に伏す。
それに動揺を見せた他のリザードマンが、隊列をわずかに乱した。俺たちをそこを狙う。
「アストレアっ! そこだっ!」
「わかってるわよ! 【正義の鉄拳】っ!」
【クイック】の支援をもらっていたアストレアが、リザードマンにはわずかに及ばないが、それでも人外の域に達するスピードで、リザードマンたちに切り込んでいく。
アストレアの【正義の鉄拳】もこれまたヒット。もう一匹、リザードマンを倒して見せた。
それがさらなる混乱を生み、リザードマンたちの陣形が完全に崩れてしまった。
S級モンスターで、集団の戦い方をわかっているといっても、相手は所詮、魔物。
想定外の事態に対処する知能は持ち合わせてなく、力だけなら自分たちよりも数段上のアストレアに恐れをなしているようだった。
「死ね! 死ね! 死ねっ!」
うん。あれは味方の俺からしても怖い。女神である要素なんて、もう何処にもないもん。端から見たら、ただの戦闘狂にしか見えないだろうからな。なんであいつって戦闘となると、こんなにも人が変わったかのようになるのだろうか。女神って実は野蛮なものなんじゃないだろうか。アストレアを見てると、そう思わざるを得ないな。
そんなアストレアの活躍によって、絶望的と思われたリザードマンたちの襲撃をなんとか退けることができる、そんなことを思っていた俺が馬鹿だった。
「に、ニヒト様! あれは……」
俺とともに後方支援に徹していたセレフが森の奥。快進撃を続けるアストレアの背後を指差す。彼女の青ざめた顔につられた俺が、そちらに目を移す。
「リザードクイーンに……」
そこにはいたのは、剣聖アレッタを苦しめていたリザードマンの長、リザードクイーン。
リザードマンたちの襲撃を受けた時から、此奴の存在は危惧していた。
アレッタたちの戦闘時には、途中から乱入していたのを見ていたからな。
「それと……」
しかし、そのリザードクイーンのさらに後ろ。
青の丸型ジェル状。リザードクイーンよりも遥かに大きい奴の存在は想定外だった。
そいつは俺の異世界転生の際に、俺の名前を売るのに一役買ってくれた魔物。
「き、キングスライム……っ! なんで此奴がこんなところに!」
俺がそんなことを言っている隙にも、リザードクイーンとキングスライムは俺たちのことを敵とみなして、リザードマン同様に襲いかかってきた。
「くっ……此奴は今までの奴らとは一味違うわねっ!」
動きの早いリザードクイーンが、早くもアストレアと交戦。
アストレアは自慢のメリケンサックによる拳撃で応対するも、リザードマンの時とは違い、一筋縄ではいかない。【クイック】の支援を受けた彼女でも苦戦を強いられていた。
もちろんその隙にも、リザードマンたちはアストレアを狙っている。
アストレアはリザードクイーンで手一杯。リザードマンたちまで相手をしている暇はない。
「シャァァァァァァ……ッ!!!!!」
「こ、これで……っ! 【ホーミング】っ!」
セレフが俺の戦法に習い、自らに【ホーミング】の支援魔法をかけて投げナイフを放ってあげることで、リザードマンたちをなんとかアストレアに襲いかかることを阻止している状況。
アイテムは物さえあれば誰でも簡単に扱うことができるという、道具の長所が現れていた。
しかし、いくら有能なセレフでもそれが限界だった。
「に、ニヒト様。すみません。あっちをお願いします!」
ボヨンボヨンボヨン。
迫り来るキングスライムにまでは、首が回らない状態だった。
となれば、必然的に俺がキングスライムをなんとかしなければならなかった。
俺はリザードマンの時と同様に、投げナイフを使っての足止めを試みるが、それは失敗。
キングスライムのジェル状の肉体には、投げナイフが刺さることはない。投げナイフはなんの効力も見せずに、キングスライムの前に落ちるばかりだった。
「死ね死ね死ね死ね死ねぇぇぇ!!!!!」
「ギシャァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!!!」
アストレアが連撃に次ぐ連撃で、リザードクイーンを仕留めようとしているが、彼女とリザードクイーンの実力はほぼ互角。すぐに決着がつきそうにはなかった。
剣聖アレッタでも苦戦するリザードクイーン。そんな化け物とアストレアが互角の勝負をしているくれている。俺には絶対に成し得ないことだ。
「……くそっ!」
ならば、俺はせめてもキングスライムをなんとかしなければならない。
俺は一発二十五万トレア。ボムを持ってキングスライムに向かっていった。
キングスライムはリザードマンたちと違って、動きが遅い。ボムの爆発までのラグを考えても、十分に有効なはずだ。ゴブリンの討伐を通じて、ボムの破壊力を知っている俺はそう考えていた。
俺はボムの導火線に着火し、キングスライムに最接近した。
そして、ボムをキングスライムの付近に投げつけて、爆発の衝撃に備える。
「セレフ、アストレア! 爆発だ! 気をつけろ!」
俺は木陰に隠れて、セレフはナイフを投げる手を一旦止める。アストレアはリザードクイーンから距離をとった。皆の安全を確認してから、爆発までは数秒となかった。
「シャァァァァァァ……ッ!!!!!」
けたたましい爆発音と、凄まじい衝撃。その爆発に巻き込まれたのであろう数匹のリザードマンの、甲高い鳴き声が辺りに響いた。
木陰から様子を確認する。爆発跡の地面は深く抉れており、その爆発の凄まじさを語っていた。悲鳴をあげたのであろうリザードマンの肉片らしきものと、緑色の血だけが残っていた。
キングスライムの姿は跡形もなく消えていた。
流石は一発二十五万トレア。俺を一躍有名人にするほどの強さを持っているキングスライムといえど、これにはひとたまりもなかったようだな。これで後はリザードクイーンたちだけだな。
「ニヒト様!」
「ニヒト!」
キングスライムを撃破した者の名を読ぶ二人。
なんだなんだ。賞賛の言葉なら後でいいぞ。今はリザードクイーンたちをなんとかすることの方が先決だからな。
え? そういう抜かりないところもカッコいい?
よしわかった。お前たちには後でたっぷり俺を褒める権利をやろう。俺は褒めて伸びるタイプだから念入りにな!
「ニヒト様……」
しかし、セレフのどこか鬼気迫る剣幕を目の当たりにした俺は、そういうことではないのだろうと察する。
「ニヒト! 後ろよ!」
アストレアに言われて、始めて気がつく。
俺の背後に何者かの大きな気配があることに。
俺は目だけでおそるおそるにその正体を確認する。
ボヨン。
そこにいたのは、その無機質な瞳を俺に向けていた青の巨大丸型ジェルことキングスライム。
キングスライムは返事とばかりに身体を動かすと、俺を覗き込むようにしてきた。
おいおい。あれだけの爆発だったんだぞ。それを受けて無傷だと? それどころかいつの間に俺の背後に回り込んだんだ? 此奴にこんな機動力はないはずだ。前に戦った時は、こんな素早い動きはしてなかった……。
……いや待て。前回戦った時には聖剣があった。
そもそもそんなに動きを見ることがあったか。なかった。前回はキングスライムの動きなんか見るまでもなく、瞬殺にしてしまったから。聖剣というチート能力を使って。
つまり俺はキングスライムの本当の強さ、恐ろしさといったものを知らない。もしかしたらリザードクイーン以上という可能性もある。あの爆発を無傷で乗り越えてきたわけなのだから。
ボヨンボヨンボヨーン。
キングスライムが大きく跳躍するのが見えた。おそらくその巨体で、俺を踏み潰すつもりなのだろう。
逃げなきゃヤバイ。
頭ではわかっていても身体が動かなかった。
この距離ではボムも使えず、投げナイフも無効化される。リザードマンたちに囲まれている今、逃げ出すこともできない。一度はキングスライムを倒した、聖剣の力もない。俺にはもう何もない。本当のただの無力なニートでしかない。そんな俺にはもうなんともすることができなかった。
恐怖や絶望、そういった類いのものが身体を蝕まれ、自由に動かすことが叶わない。
「ニヒト様っ!」
セレフの声が上がるも相変わらず、俺は動けない。
俺はそのままキングスライムに押しつぶされてしまった――。
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