【第3章】ニート、大平原に立つ
【第十四話】セレフの手作り弁当と武器商人の行方
街の外に出ることに成功した俺たち。
俺がやむを得なく門番を攻撃してしまうというハプニングがあったが、それもなんとか回避し、俺たちは、魔王城に続くのであろう大草原を、歩いていた。
「まだ、歩くのー?」
アストレアが、気だるげにそんなことを言ってきた。
そう。彼女の言う通り、俺たちは歩いているのだ。
この広すぎる大草原を、馬車もなく、自らの足で。
「うるせえ! 元はいえばお前のせいだろうが!」
本当は爆発場所を見に行っていた門番の隙をついて、馬車も外に出す予定だったのだが、アストレアが奇声を上げてしまったことで、それが叶わなくなってしまった。
あの後、アストレアの奇声と、門番のうめき声。そして門が開いていたことを不審に思ったのであろう通行人の方が、わざわざ警備兵を呼んでくださったのだ。
このことが警備兵に見つかれば、俺たちは逮捕。目的は潰えてしまう。
俺たちは、門番に毒消し草を早々に使い、慌てて街の外に向かったのだ。
もちろん、馬車のことなんかに構っていられる余裕はなかった。
「どうしてくれるんだよ! 魔王城までどれくらいの距離があるかわからないんだぞ! 途方もない距離を歩かされることになるかもしれないんだぞ!」
「そ、そんなこと言われたって、私知らないわよ……」
「じゃあ黙って歩け! もしかしたら例の武器商人はまだこの辺りにいるかもしれないからな」
ロバートがアレッタに聖剣の件を報告に来てから、すでに丸一日。
事の発覚までの時間を考えても、もうこの辺りにいる可能性はないに等しかった。
それはわかっていたのだが、俺は自分に言い聞かせるつもりで言っていた。
俺自身も、この馬車がないという状況は、そうでもしないとやってられなかったのだ。
「ま、まあまあ。二人とも落ち着いてくださいよ」
セレフが、俺とアストレアの間に入って、宥めてくれる。
しかし、俺の怒りは収まらない。
そもそもあの場面で叫ぶとかありえないだろ。アレッタの件といい、今回の件といい、俺はもうこの駄女神に対して、限界だ。いくらセレフが止めたからって、今回ばかりは――、
「ニヒト様アストレア様。わたしお弁当を作ってきたんです。よかったら食べませんか?」
「うん食べる。俺、全然怒ってない」
セレフの手作りお弁当というのは、凄まじい怒りを吹き飛ばしてしまう魔力があった。
だって、セレフの手作りお弁当だよ? 手料理はいつも食べているけど、お弁当となれば、また話しは違うからね。手作りお弁当という言葉の響きの良さは異常。
「セレフ。あそこの森にちょうど大きな切り株があるぞ。そこに座って食べようぜ」
「はい。食べましょうね」
俺はセレフの手を引いて、セレフの手づくりお弁当を食べに向かう。
「どっちが飼われているのか、これじゃあわかったものじゃないわね」
アストレアが皮肉たっぷりにそんなことを言っていたが、俺は腹を立てたりはしない。
だって、セレフの手作りお弁当が待っているんだからね!
★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
「「ご馳走様でした!」」
俺とアストレアの元気な挨拶が響いていた。
セレフの手作り弁当は、それはそれは格別だった。
味はもちろん。彩り豊かなメニューの数々。食欲をそそるいい匂い。食べる人のことを考えた栄養バランスの調整。すべてにおいて完璧だった。星五つで採点するなら星十個は固い。
そんなセレフの手作り弁当を前にして、最初こそ普通に食べていたアストレアだったが、途中からはガツガツと食べ始め、気づけば俺とおかずを取り合って、喧嘩をするまでになっていた。
先程はセレフに免じて許したが、この弁当に関しては許す事ができなかった。だってセレフの手作り弁当だもん。
「いやー食べたわ。セレフの料理がこんなに美味しいとは思わなかったわ」
「何言ってんだよ。うちのメイドは日本一。いや異世界一だからな」
「お二人ともあまり褒めないでください……恥ずかしいです」
そんなことがあったが、俺とアストレアはともに大満足。腹一杯になっていた。
セレフの手作り弁当でお腹を一杯にした上に、セレフの恥ずかしがる姿を見られた。これだけでも街の外に出た甲斐はあったな。
俺たちは、例の武器商人を追うという目的を忘れ、ピクニック気分を味わっていた。
しかし、それは唐突に、終わりを告げてしまう。
「前方に『リザードマン』数体! 総員戦闘準備!」
俺たちがいる森の奥の方から、そんな声が聞こえてきたのだ。
『リザードマン』。この世界の魔物の一種で、上半身はトカゲのようになっているが、下半身はまるで人間のようで二足歩行。先日、戦ったオークがB級モンスターなのに対し、リザードマンはS級。かなり高位にあたる魔物だった。
そんなリザードマンが出現したとなれば、すぐに逃げ出すのが定石なのだろうが、俺たちはそうすることはなかった。
「今の声って……」
セレフが呟いている。
そう。俺たちには先程の声に覚えがあったのだ。
「確かめに行こう」
俺が提案するとセレフ、アストレアの両名は小さく頷き返してくれた。
恐る恐るに草をかき分け、森の奥へと進む。
そこには、やはり俺たちの予想通りの人物たちがいた。
「リザードマンをこちらに一匹、寄越せ。私の『カラフルレインボー』で仕留める!」
「了解しました。アレッタ様!」
『カラフルレインボー』と呼ばれる大剣を巧みに操る少女。剣聖アレッタだった。
彼女は数人の騎士たちを従え、リザードマンと交戦中。騎士の中にはロバートと呼ばれていた騎士の姿もあった。
「アレッタ様、そちらにリザードマンが行きました! よろしくお願いします!」
ロバートがアレッタに向かって、叫ぶ。
一匹のリザードマンが、アレッタを目標に襲いかかって行った。
「よし。よくやった! あとは任せ、ろっ!」
リザードマンめがけて、カラフルレインボーを振り下ろす。
カラフルレインボーは、リザードマンに悲鳴をあげることすら許さず、真っ二つに切り裂いた。
「つ、つえー」
気づけば、俺の口からはそんな言葉が漏れていた。
アレッタたちは、それからも息のあった連携を見せ、S級モンスターに指定されているリザードマンを次々と葬って行っていた。これが王国の騎士の実力。そして、その中でも一目で群を抜いるとわかる強さを誇るのが剣聖アレッタ。彼女はロバートたちから誘導されたリザードマンを何の苦労もなく、倒していっていた。
それにしても俺は、よくこんなやつと戦ったな。これを見た後だと、自殺行為にしか思えないぞ。
しかし、そんな無敵の強さを誇っていたかと思われたアレッタだったが、そんな彼女がとある魔物には手こずっていた。
「くっ……。やはりリザードクイーンは手強いな」
それはリザードマンの群れの中で、唯一のメスであるリザードクイーン。
リザードクイーンはその名の通り、リザードマンの群れを女王を務める魔物であり、メスであるにも関わらず、他のリザードマンたちよりも一回り身体が大きく、その分、強い。
それは王国最強の騎士の称号、剣聖を有するアレッタをもってしても苦戦するほどだった。
リザードクイーンの登場によって、じりじりと追い詰めれていくアレッタ陣営。
「これは……そうだな」
「ええ、そうするしかないようね」
異世界のお約束からすると、ここは俺たちが助けに入る流れだろう。
「先に進むか」
「見なかったことにしましょう」
相手は剣聖と呼ばれるアレッタでも、手こずるような魔物。
アレッタには遠く及ばない実力の俺たちが入ったところで、足手まといになるだけだろう。
だから、ここは見なかったことにして、例の武器商人を追ったの方が賢明。
俺とアストレアは、瞬時にそう判断した。
「ふ、二人ともアレッタ様を見捨てるんですか!?」
しかし、セレフはそう考えなかったようだ。
彼女は踵を返そうとした俺たちを掴んで、そんなことを言ってきた。
「違うぞセレフ。これは見捨てるとかそういうんじゃない。アレッタたちの目的は、俺たちと同じく聖剣の奪取。アレッタたちがこの辺りにいるから、もしかしたら例の武器商人は近くにいるのかもしれない。なら、ここはアレッタたちのためにも聖剣の奪取を急ぐべきなんじゃないのか?」
アレッタたちがいたのだから、俺の言い聞かせもあながち間違ってなかったんじゃないか、そう思っていた俺は、セレフにそれを伝える。
すると、セレフは「そうかもしれないですけど……」と曖昧な答えを返してきた。
「で、でもそれでもわたしは助けるべきだと思います! え、えと……そうだ。馬車です! ここで助けに入ることで恩を売って、馬車を貸してもらうんです! どうですか!?」
なるほど。馬車か。セレフの言うことは一理あるな。
俺がセレフの提案を検討していると、横からアストレアが、
「セレフって本当にニヒトの扱いが上手いわよねー」
と、訳の分からんことを抜かしていた。
それって、俺とセレフの相性が最高ってことでいいのかな。だったら大歓迎なんだけど、アストレアの口ぶりから考えるに、そうじゃないんだろうな。
なら、ここは一つ。セレフとの相性を上げる意味でも提案を受け入れておきますか。
俺が参戦の決意を固めた、その時だった。
「……今のうちだ」
そんな言葉とともに、背後の茂みがかすかに揺れたのは。
茂みの揺れがかすかでもあったにも関わらず、俺が気がつけたのは、辺りからリザードマンが出てこないかを警戒していたからだろう。
「? どうしたのニヒト?」
その証拠にアストレアは何も気がついていない様子。
俺の気のせいという可能性もあっただが、うちの有能メイドがそれを肯定する。
「ニヒト様、今、何かいましたよね」
「ああ。セレフも気がついたか」
セレフも気がついたかということは、先程の揺れは確かに存在したのだ。
「え何、何かいたの!? リザードマン!?」
「いや、リザードマンではなかった」
俺は、アストレアの言葉を即座に否定した。
俺の目に狂いはなければ、あれは……!
「ちょ、ちょっとニヒト! あなたどこに行くのよ!?」
俺は茂みの揺れの正体を追って、森の中を駆け抜けだした。
アレッタたちを助けに入るとか、そういった思考は一切飛んでいた。
「ま、待ちなさいよ!」
アストレアは言いながらも、しっかり俺を追いかけてきてくれている。
セレフもその後に続いていた。
「ま、まさかお化けとかそんなんじゃないわよね!?」
俺が血相を変えて走り出したものだから、アストレアがそんなことを俺に尋ねてくる。横目で確認すると、セレフも茂みの揺れの正体を知りたがっている表情をしていた。
俺がアレッタたちを放置してまで、走り出した理由。
それは茂みの揺れの正体が、ちらりとしか見えなかったが、奴に間違いなかったからだ。
そいつとあったのは一度きりだったが、しっかりと記憶に残っている。
俺は、俺をコケにしてくれた奴の顔は、絶対に忘れない主義の男だからな!
「例の武器商人だよ! 奴が居たんだよ!」
そう。俺が見たのは、俺自身が聖剣エクスカリバーを売りつけてしまったあの武器商人だった。
「え、それってあなたがエクスカリバーを売ってしまった武器商人ってこと!?」
「ああ、そうだよ! 間違いなく奴だった!」
俺は、この旅の終着点ともいえる彼を求めて、一心不乱に森を駆け抜ける。
アレッタたちがリザードクイーンに苦戦している、今なら彼女たちを出し抜いて、聖剣を取り返すことができる! 絶対に取り戻してこんなどうしようもない旅を一刻も早く終わらせる!
俺は、そんな強い想いを抱きながら、懸命に武器商人を追って走るも、なかなか追いつかない。向こうが特段は早いわけではない。むしろ、こっちが走るのが遅かった。
「ちょ、ちょっと弁当食いすぎたな。俺、お腹が……」
「き、奇遇ね。私もよ……」
完全に身体がついてきていなかった。
ニートということで普段の運動不足のせいもあるのだが、今はそれ以上にセレフの手作り弁当が足を引っ張っていた。
セレフの手作り弁当は俺たちのお腹の中を暴れまわり、横っ腹の痛みという症状を、俺とアストレアに与えていた。食後三十分の激しい運動は控えるべきだったな。
それでも俺はなんとか痛みを堪え、武器商人の背中を追う。
しかし、今の状態では武器商人の背中を見失わないようにするだけで、手一杯だった。
彼の背中を追って、追って、追って。そして、その先にあったもの。それは――。
「これは……城か?」
森の奥深くにそびえ立っていた、俺の屋敷よりも大きな建物。
城としか言いようがないほどの、巨大な建物が待っていたのだった。
「「魔王城ってこんなに近くにあったの!?」」
衝撃のあまりに痛みを忘れた、俺とアストレアのツッコミが木霊した。
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