【第十三話後半】やったぁぁぁ! 外だぁぁぁぁぁ!
「ここは……西門?」
俺の横で、セレフが小首をかしげていた。
このどうしようもない状況を打破するために、俺たちがやってきたのは街の西門。
魔王城へ向かった例の武器商人が通行したであろう街の出入り口だ。
以前にここに来た時は『王様の許可がないと通すことはできない』と言われて、追い返されていた。そして、それを乗り越えるために、冒険者ランクをAランクまで上げることにしたのだが、短期間でランクアップが望めるほど、この世界は甘くなかった。
「ニヒト様。ここでどうするなさるのですか?」
セレフはここに来ても、同じくことを繰り返しだろうとでも言いたげな顔をしていた。
確かに「ここを通してくれ」なんて言ったところで、また門前払いを受けるのが関の山。
真正面から正攻法でいっては通じない。お約束通りでは無理なのだ。
だから、俺は俺らしく。
人生のはみ出し者である俺らしい解決方法でこの状況を打破する。
「今から俺はこのボムを使って、ちょっとした騒ぎを起こす」
俺はセレフに一個、二五万トレアの高級アイテム。ボムを見せつけた。
このボムの威力は、ゴブリン討伐の時に実証済み。
これを爆発させれば、その衝撃と爆音から、間違いなく騒ぎになるだろう。
「それであそこにいる門番を退かすんだ」
俺が指さしたのは、門の前に立っているお兄さん。
前に来た時に俺たちの対応した、あのクズ門番だ。
クズ門番は、一人で退屈そうにしており、欠伸をかみ殺すこともなく、堂々としていた。
あいつ、少しは真面目に働けよ。だからお前はクズなんだよ。
「え、でもでも。そんなことをしたらニヒト様は捕まってしまうのでは……」
セレフの懸念はもっともだった。
確かに正面からボムを投げつけたら、間違いなく捕まってしまうだろう。
しかし、それこそがこの作戦のミソでもあった。
「だから、この塀を通り越すように投げる」
俺が指さしたのは、魔物たちの侵入を防ぐために作られた高い壁。
「そうすれば、あたかも外で爆発騒ぎが起こったように思えるからな。魔物たちか何かの仕業だと勘違いするだろう。それもあの怠慢な門番ならなおさらだ、俺が捕まることはまずない」
そう。これこそが作戦のミソだ。
のらりくらりと日本の時から、ニートを続けてきた俺だからこそ作戦。
名付けて『俺は悪くない。悪いのは他人で社会だ』作戦ともいったところだろうか。
俺が言い切ると、セレフは軽く顔を引き攣らせてはいたものの、納得してくれた。
「な、なるほど。でも、この壁は軽く十メートルはありそうですけど……」
セレフの指摘通り、確かに壁は十メートル以上ある。
俺の肩ではボムを投げ越すというのは、不可能だろう。
しかし、俺には力を最大以上に引き出す方法がある。
「そこはセレフの【ホーミング】だ。【ホーミング】は命中率だけでなく、投擲距離が伸びていたのも投げナイフで実証済みだ」
そう。ゴブリンの時は命中率のことしか気にならなかったが、投擲距離も相当伸びていた。
なんせ、ニートの俺が、アストレアを挟んで、五十メートル以上はあった距離で的中させていたのだから。
「それなら確かに爆発騒ぎはなんとか、なりそうですけど……」
まだ気になるものでもあるのか、セレフは目だけ動かして、その気になるものを見ていた。
「ばっくは☆つぅ! あ、そーれ! ばっくは☆つぅ! あ、そーれ! ばっくは☆つぅ!」
未だにコールをやめようとしないアストレアだった。
クズ門番が、爆発場所を見に行っている間に、こっそりと外に出るという作戦なのだから、この作戦では隠密行動が肝になる。なので、こんな騒ぎ立てているアストレアのままでは、とても連れていけそうになかった。先にどうにかこいつを正気に戻す必要がある。
こんなことなら、本当にこいつをギルドに置いてくればよかったよ。
「おい。アストレアしっかりしろ」
「ばっくは☆つぅ! あ、そーれ! ばっくは☆つぅ! あ、そーれ! ばっくは☆つぅ!」
アストレアが正気に戻る様子はない。
彼女は、爆発コールに謎の踊りまで始めてしまった。
こりゃ末期だな。よしこいつはこのまま放置しよう。
「セレフ。この駄女神はもうダメだ。俺たち、二人でいこう」
「ちょっと! いくらなんでも酷すぎるでしょ!」
アストレアの鋭いツッコミが、俺に飛んできた。
「よし。正気に戻ったな」
「え! まさか今のは私を正気に戻すための作戦だったの!?」
「ああ、もちろんだ。俺を誰だと思っている」
作戦成功。こいつは本当、単純だよな。
「に、ニヒト。私あなたを勘違いしていたわ。あなたはただのニートではなかったのね。私はあなたを転生者に選んでよかったと、初めて思ったわ」
……まあ。放置していこうとしたのも、半分くらいは本気なんだけどね。
口にするとアストレアがうるさいので、黙っておこう。
何はともあれ、アストレアが正気に戻った。
これでようやく、街を脱出するための、最後の策を講じることができる。
「ところでアストレア。お前、作戦を聞いていた?」
「もちろんよ。私にドンと任せておきなさい!」
こいつ、狂ったフリをしていただけかよ。
あれだな、途中で正気に戻ったけど、狂っていた時の自分が恥ずかしくなって、引くに引けなかったんだろうな。気持ちはわかるが、相変わらずの駄女神っぷりだな。
そんなこんなとあったが、こうして俺たちの最後の作戦は、始まったのだった。
★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
「人がいなくなった。セレフ、今だ!」
息を潜めていた俺は、俺たち以外の通行人がいなくなったタイミングを見計らって、セレフに合図を送る。
「【ホーミング】ッ!」
セレフからの支援魔法を受け取った俺は、ボムを取り出す。
そして、あらん限りの力を込めて、ボムを壁の向こう側めがけて投げる。
綺麗な放物線を描いたボムは、見事に壁を超えて、街の外に出て行った。
すかさず辺りを確認する。
門番は欠伸ばかりでこちらを見ている様子はないし、他の目撃者もいそうにない。
俺たち三人は目を見合わせ、半ば成功を確信しあいながらも、固唾を飲んでその時を待った。
ドッカッアァァァァァァァーンッッッッ!!!!!
そして、完璧なる成功の瞬間は、すぐに訪れた。
「な、なんだぁ?」
この凄まじい爆発音には、流石のクズ門番も外の様子が気になるようだった。
先程まで欠伸をして、眠たげにしているだけだった彼は、目を見開いて爆発音がした方向を見ていた。
しかし、外の様子を見に行くという行動までは取る様子はなかった。
あのクズ門番、こういう時くらい働けよ!
職務怠慢な門番のことだ。こういうこともあるだろうと俺は一つの策があった。
「セレフ、頼めるか」
俺はセレフの耳元で囁くように合図を送ると、彼女は頷いて、了解の意を示してくれた。
セレフは、俺たちから離れて、クズ門番の元へと駆けていった。
「も、門番のお兄さん!」
「あぁ、何だ……なんだい?」
「外で大きな音がしませんでしたか?」
「ああ、確かにしたかもしれないね? お姉ちゃん大丈夫だったかい?」
「は、はい。でももしかしたら魔物が外にいるかもしれません。わ、わたし怖いです……」
「よし任せなさい。お兄さんが様子を見てきてあげよう」
それにしても、あのクズ門番、駆け寄ってきた相手がセレフだとわかった瞬間、態度を一変させたぞ。これが男や老人だったら適当なあしらいを受けて、まともに取り合ってもらえなかったなんだろうな。あいつは本当にクズだな。クズの中のクズ。キングオブクズだな。
そんなキングオブクズ門番を相手に、嫌悪感を一切ださず、作戦を遂行したセレフ。
俺は、そんなうちの有能メイドの見事な働きぶりに、サムズアップを送る。主演女優賞の獲得間違いなしのセレフは、それにサムズアップで応じた。
「行くぞ、アストレア」
セレフに促されたクズ門番は、意気揚々と門の横にある一人がようやく通れるぐらいの、小さな出入り口を開けて、街の外に出て行く。
門番は目論見通り、わざわざ鍵を閉めていくことはなかった。少しの間のことだから大丈夫だろうと踏んでいたのだろう。
俺たちは爆発場所を見に行った門番には気がつかれないように、セレフ、俺、アストレアの順で、小さな門をくぐる。クズ門番が俺たちに気がつく様子はなかった。
すると、俺たちを待ち構えていたのは、広大なる大草原。
街の中では感じることのできない青臭い匂い。澄み渡る綺麗な空気。
俺は魔王城に続いているであろう、その大地を強く一歩踏みしめた。
やった……やったぞ!
俺たちは無事に外に出ることに、成功したんだ!
心の中から湧き上がる歓喜を噛み締める俺。
この世界でもニートになった時以来の大きな喜びだった。
「やったぁぁぁ! 外だぁぁぁぁぁ!」
アストレアが、そんなことを叫んでいた。
俺もアストレアのように思いっきりこの喜びを口にした、い?
「ん? お前たちそこで何をしている!」
アストレアの叫びを聞いた、クズ門番がこちらに気がついてしまった様子だった。
彼はこちらに向かって、走ってきてしまった。
「アストレア! お前は何をしてくれてるんだよ!?」
「やったぁぁぁぁぁぁ!!! 外だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
俺に問いかけに応じることはなく、アストレアは雄叫びを上げるばかり。
彼女の目が爆発コールをしていた時、同様の壊れたものになっていた。
くそ! 正気に戻ったと思っていたけど、全然正気じゃなかった。
作戦を遂行している間、やけに静かだと思ってたけど、原因はこれだったのか!
「おい、アストレアしっかりしろ!」
俺は今度こそは目を覚まさせるべく、彼女の頬を容赦なく引っ叩く。
「あ、あら? 私は今まで……」
どうやら、今回は本当に正気に戻ってくれたらしい。
アストレアは目をパチクリとさせて、状況を把握しようと努めていた。
しかし、今はそれをゆっくり待っていることはできない。
「アストレア! あれをなんとかしろ! お前が引き起こしたことだ!」
俺はこちらに迫り来るクズ門番を指差す。
「え、ええ? 突然そんなことを言われても……」
だが、アストレアはそう言って、手をこまねいている。
「貴様ら! こんなことをして、ただで済むと思うなよ!」
その間にも、クズ門番はこちらとの距離を詰めてきている。
このままだと間違いなく捕まってしまい、またしても振り出しに戻らされてしまうだろう。
今度、振り出しに戻ったら、もう例の武器商人を追う手立ては、冒険者ランクをちまちま上げることしかなくなる。俺たちにそんな時間は残されていないし、何よりそんなのは面倒くさい!
もう、俺はなりふりかまっていられなかった。
「これでも食らえ!」
俺は、クズ門番めがけて思い切り投げナイフを放った。
「うっ……」
【ホーミング】の支援を受けていたこともあり、投げナイフは的中。
簡単な鎧を着ているクズ門番だが、その鎧の隙間である太ももの辺りを命中した。
たちまちクズ門番は太ももの辺りを押さえて、うずくまってしまい、そのまま動かなくなってしまった。投げナイフの毒が回ってきたのだろう。
相手がいくらクズ門番とは、これはやってしまった。
「うわぁー。いくらなんでもそれはないわー」
「元々はお前のせいでこうなったんだろ! どうしてくれるんだよ!」
「知らないわよ! 気付いたらこうなってんだから!」
倒れてしまったクズ門番を、尻目に責任のなすり付け合いを始める俺とアストレア。
「に、ニヒト様。いくらなんでもこれは……」
あの忠誠心の高いセレフが、俺のことを軽蔑した眼差しで見つめている。
いくら、街の外に出るためとはいえ、やりすぎてしまった自覚はある。
けれど、こうするしかなかったんだよ! わかってくれよセレフ!
「……アストレア。【ヒール】だ。あのクズ門番に【ヒール】をかけてやれ」
下がってしまったセレフの心内評価を少しでも上げるため、俺はアストレアに指示を出す。
「なんで私があなたの尻拭いなんか……」
「それはこっちのセリフだ!」
アストレアがやらかしてしまったというのに、なんで俺の評価がこんなに落ちなきゃならないんだよ!
本当に、この世界は理不尽で間違っているよ!
「【ヒール】をかけたら、さっさと行くぞ。そこのクズ門番が目を覚ます前にな」
こんな世界から距離が置けるニートに戻るためにも、早く聖剣を取り戻さなくてはならない。
そう強く決意を固めた俺の旅は、今度こそ始まった――。
「あ、ちなみに【ヒール】じゃ解毒することできないから」
「それを早く言えよ!」
この後、俺はアストレアの分の毒消し草を、クズ門番に使うことになるのだった。
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