【第十三話前半】ばっくは☆つぅ! あ、そーれ! ばっくは☆つぅ!

「死ねぇぇぇ! クソニートぉぉぉ!」


 アストレアの咆哮が、辺りに響き渡る。

 彼女が突き出していた拳には、漫画やアニメなんかで見る、派手なエフェクトがかかっていた。アストレアに聞いたところ、あれは【正義の鉄拳】という技らしい。


 その【正義の鉄拳】が、とある輩に向けられていた。


「そいつはオークだから! ニートじゃなくてオークだから!」


 アストレアは、クソニートが云々と言っていたけれども、実際に拳を食らっているのは、オーク。豚みたいな顔をしているくせに二足歩行の、あの魔物のことだ。



 どうやったら、そのオークをニートと間違うんだよ。

 共通点といえば、カタカナ三文字というところと、真ん中に長音記号があるくらいだろ。


「あら。間違ってはないわよ。自分の立場をいいことに関係を迫る、クソニート」


 拳についたオークの血を拭き取りながら、アストレアはこちらに睨みを利かしてきた。


 素っ裸の俺と、メイド服を所々はだけさせていたセレフ。

 誰がどう見ても、俺がセレフを襲っているようにしか見えないだろう。

 俺がアストレアの立場でも、そう判断するからな。


「何か異論はあるかしら?」

「……ありません」


 相変わらずの物言いだが、何も反論することができなかった。


 なぜなら、俺の視界には【正義の鉄拳】を受けたせいで、無残な姿になったオークの死骸。

 このことについて、結構本気で怒っているアストレアからの、【正義の鉄拳】を、俺は恐れていた。あれを食らった時にはボコボコじゃ済まないからな。


「アストレア様、違うんです」


 見兼ねたセレフが、俺に助け船を出してくれる。


「いいのよセレフ。怖かったでしょう? 私はあなたの味方だから心配しないで」


 俺とセレフは何度もあれは、同意の上で行った行為だと説明したのだが、それでもアストレアは、許してくれることはなかった。なんでも女神は不純な行為については、厳しくするらしい。普段は全然そういう面を見せないくせに、こんな時だけは女神面しやがって。


「だから、違うんです」

「無理をしないでセレフ。このニートがすべて悪いのよ」


 アストレアが断言して、セレフの言うことは聞こうとしない。


「いいんだセレフ。俺が悪かった」


 こうやって話し合いは常に平行線をたどり、俺が悪いの一点張り。

 だから、俺はボコボコ以上のことを恐れ、自分の非を認めていた。


 いくらセレフから誘ってきたとはいえ、部下であるセレフに手を出すというのは、あまり褒められた行為ではないからな。性欲が先行したというのは、事実だし。


「ニヒト様……」


 あと付け加えるなら、こうした方がセレフからのポイントが高いしな。


「さあ、セレフ行きましょう。これでクエストは完了したし、クソニートはここにおいて、さっさと帰りましょう」


 アストレアが、セレフの手を強引に引いて、歩き出した。


 今は、俺の不貞行為についての誤解を解くよりも大切なことがあるわけだしな。

 俺は、アストレアたちの少し後をついて、冒険者ギルドへ向かった。


★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★


「オークの討伐、お疲れ様でした」


 冒険者ギルドについた俺たちを、受付のお姉さんがそんな言葉で出迎えてくれた。


 そう。俺たちは決してアストレアの憂さ晴らしのために、オーク狩りをしていたというわけではない。


 セレフとの一件のせいで忘れてしまっているかもしれないが、俺たちの目的は『聖剣の奪還』。そのために俺たちは冒険者ランクをAランクにする必要があった。


 先日のゴブリン狩りのおかげで、Bランクまでは上がったものの、まだAランクにはなっていなかった。そのために、俺たちはオークの討伐というクエストを受けていたのだ。


「こちらがオーク狩りの報酬になります」


 受付のお姉さんが、俺に封筒を差し出してくる。

 中身は確認するまでもなくお金。金額は事前の契約からして、三十万トレアだろう。

 しかし、今はお金のことなんかどうでもよかった。


「お姉さん。これで、俺たちはAランクですか?」


 俺はお姉さんに尋ねる。

 ランクアップのために、クエストを受けていたのだから、当然の疑問だろう。


「いえ。これはゴブリンの討伐とは違って、通常クエストなのでクリアしたからといって昇級することはありません」


 くそ。やはりそうか。

 クエストを受注した際に、このオーク狩りはゴブリンの時とは違って、クエストに緊急の文字がなかったからな。そうじゃないかと思っていたんだよ。


 しかし、何もこのオーク狩りはまったくの無価値ではなかった。


「オークはB級モンスター。ニヒトさんたちには10ポイントの冒険者ポイントが入ります」


 冒険者ポイント。本来はこれを溜めることによって、徐々にランクを上げていくものらしい。

 先日の緊急クエストが特別だったということだ。Aランクに昇級するための緊急クエストがない以上、俺たちはコツコツとポイントを溜めるしか昇級する道はなかった。


「お姉さん、Aランクまであと、どれくらいのポイントが必要なんですか」


 そこで問題になるのが、一体どれくらいのポイントを溜めることによって昇級できるのか、ということ。俺たちにはあまり時間がないから、なるべく少ないものであってほしかったのだが。


「えーと……あと『2110』ポイントです」

「「2110ぅ!?」」


 俺の隣で黙って話しを聞いていたアストレアも、これには思わず大声を上げてしまった。


 2110ポイント。オークの討伐で得られるポイントが10ポイント。

 つまり、オークの討伐ならば、あと211回もの回数をこなさなければならない。

 体力のことを考えると、一日にいけるクエストは多くて三回だから、約70日も日を要する。

 俺たちには、とてもそんな時間はなかった。


「な、何か他の……ポイント効率のいいクエストはないんですか!?」


 俺たちの事情を知った今、セレフも今まで以上に真剣になってくれていた。

 それは普段は物静かなセレフが、受付のお姉さんに食ってかかっていることからわかる。


 しかし、そんなセレフの頑張りも虚しい結果に終わる。

 

「す、すみません。B級モンスターの討伐は一律10ポイントとなっているので……」


 あ、これはあれですね。

 お姉さんの言葉を受けた、俺とアストレアは目を合わせた。


「詰んだな」

「ええ、詰んだわね」


 セレフもこの答えには、絶句していた。


 ハハッ。聖剣を奪還するために柄にもなく、頑張ってみたけど所詮こんなもの。

 いくら頑張ったところで、それが成果に結び付くことのない世知辛い世界だ。

 こんなことなら、残された時間は有意義なニート生活に当てるべきだったよ。


「もう終わりよ……私は女神を追放されるんだわ……」


 俺と同じくアストレアも突きつけられた現実に、絶望しているご様子。


「何もかも、こんな事態になっているのに、不貞を働くクソニートのせいだわ」


 おい。なんでもかんでも俺が悪いみたいに言うな。俺もニートも一切悪くないからな。


「そうよ。そこにいる脳内下半身野郎を爆発すれば、なんとかなるんじゃないかしら。だってこのクソニートはよく『リア充爆発しろ』って口にしてるくせに、自分がそのリア充になってしまっているんだもの。爆発されるべきなんだわ!」


 絶望のあまりアストレアがわけのわからない思考回路になっていた。

 なんでこの詰んだ状況を、俺を爆発することで解決できる。まったくもって意味がわからん。

 しかし、アストレアはその謎理論を、饒舌に続ける。


「そうだそうだ。そうだわ! どうせ女神を追放されるなら、こんな世界爆発してやればいいのよ! こんな私が女神でいられない世界ならない方がマシだわ! ニヒト、ボムを貸しなさい。ここから順番に爆発していくわ! それですべてが解決できるはずよ!」


 アストレアは完全にやばい目になっていた。

 おーい。警備兵のお兄さん、犯罪者がいますよー。ここにテロリストがいますよー。


 だが、アストレアの言いたいこともわからないでもなかった。


 何かをしようとするたびに何かが障害となって、全然うまくいかない。

 こんな異世界転生のお約束を無視した世界なんて爆発してしまえばいいと、思わないこともなかった。


 でも、そんなことを考えても仕方ない。

 冒険者ランクを上げて、クエストを受けるということが、実質不可能となった現在。

 俺たちはなんとかこの状況を打破しなければならないんだ。


 今までなら、何らかの壁にぶつかっても、すぐに解決策が見つかった。


 しかし、今回は何の策も思いつかなかった。


「に、ニヒト様……」


 セレフが不安げにこちらを見つめてくれていたのが、わかった。

 この子ともう一度、楽しく過ごすためにも、なんとかしなくてはならない。


 だが、考えても考えても考えても。何も思いつかなかった。


「ばっくは☆つぅ! あ、そーれ! ばっくは☆つぅ! あ、そーれ! ばっくは☆つぅ!」


 完全に壊れてしまったアストレア。

 くそ。俺もああいうふうになれたら、どれだけ楽なことか。

 いっそのこと、本当に爆発して、この世界にどデカイ花火を打ち上げてやろうか!


 ……待てよ。


「ばっくは☆つぅ! あ、そーれ! ばっくは☆つぅ! あ、そーれ! ばっくは☆つぅ!」


 イカれてしまったアストレアを見ていた、俺に天啓が降りてきた。


「そうだ! 爆発だ!」

「に、ニヒト様、しっかりしてください! アストレア様に流されてはダメです!」


 アストレアに俺が毒されてしまったと思って、肩を揺さぶってくれるセレフ。

 俺は、そんな彼女の目を見て、俺に降りてきた天啓を告げた。


「違うんだセレフ。爆発なんだよ!」

「へ?」


 頭にハテナマークを浮かべていたセレフ。

 俺はそんな彼女の手をとると、歩き出すことを促した。


「セレフ、行くぞ!」

「何か思いついたですね!」


 俺が正気であると悟った、セレフは顔を一気に明るくする。

 そんな彼女に答えて、俺ははっきりと言った。


「ああ、この状況を打破できる唯一の方法だ!」


 俺たちはそう言って、冒険者ギルドをあとにした。

 思い立ったらすぐに行動に移す。俺たちに残された時間は多くないのだから。


「ばっくは☆つぅ! あ、そーれ! ばっくは☆つぅ! あ、そーれ! ばっくは☆つぅ!」


 一応、連れてきた手を引いてアストレアだったが、ギルドに放置してくればよかったな。

 未だに爆発コールを止めようとしないアストレアを見て、そう思った俺だった。


「ばっくは☆つぅ! あ、そーれ! ばっくは☆つぅ! あ、そーれ! ばっくは☆つぅ!」

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